第4話 第一のリンチ殺人のはじまり

1994年9月28日午前3時、もうすっかり早朝に近くなり繁華街とはいえ人通りがほとんどない大阪市中央区道頓堀一丁目を林正英(26歳)と友人である永田慎吾(仮名・26歳)が歩いていた。

二人で飲みに行き、さんざんハシゴして終電もなくなってしまったようだ。


林は元々は寿司店の店員、職業柄なのか少々威勢がいい男である。

将来は独立して自分の店を持ちたいと修行に励んできたが、何らかの問題を起こしたらしく警察のやっかいになってしまい、勤めていた寿司店を辞めてこの時は無職だった。


だが過ちを悔い、再出発をしようとしていた。

何しろ林はもう一人ではない。

寿司店に勤めていた時にそこで仲居をやっていた女性と良い仲になり、結婚したばかりだったのだ。

だから親友と再会したからといっても、本来早く切り上げて新妻の待つアパートに戻るべきだった。

しかし、ついつい羽目を外してしまいこんな時間になってしまったようである。


そして、それは大きすぎる間違いであった。


こんな時間に道頓堀を歩いていたおかげで、自分の命を踏みにじる悪魔たちに出くわすことになるからだ。


その悪魔たちは未成年と思しき二人、前からこちらにガンを飛ばしながら歩いて来て立ちはだかるようにして二人の26歳の男の前に現れた。


「お前んたナニちょうすいとんだて?」


仮にだが盃をもらい、いっぱしのヤクザになった気の小林正人と芳我匡由である。

小林たちの目に林と永田は何となく真面目なサラリーマンとかには見えない、ちゃらちゃらしたカンに触るチンピラと映ったようだが、もちろん一方的な言いがかりであり、いつもやっているように単にカツアゲをしようとしているだけだ。


「お前んただて、お前んた。俺んたにガン飛ばしとったがや!」


小さい方の男の因縁は関西弁じゃないどこかの方言のようだったが、文句をつけているのは明らかである。

林たちも未成年相手にひるむわけにいかなかったが、この二人の少年はハンパではない凄みがあった。


「なんやて。わしら何もしとらんやんけ」

「コラ、口の利き方気ィ付けえよ。生意気ちゃうかお前?コラ!」

「お前らかて、どういう口の利き方しとるんや?未成年のガキやろが!」

「もうええて、ツラ貸せて。事務所連れてったるでよ。ちょっと来いて!」


無茶苦茶な言いがかりと因縁の付け方に、林たちはビビりながらも中途半端に言い返したりしたもんだから相手もエキサイトしてきたようだ。

時々威嚇の蹴りや、パンチが飛んできて地味に痛い。

どう見てもこいつらはそんじゃそこらの不良少年ではなく、どっかの組にすでに属している本物のような気がしてきた。


そして、これはあくまでも小林たちが後に証言したことなのだが、林と永田のうちどちらかは分からないが「〇〇組のヒト知っとるんやぞ」とかどこかの広域暴力団の名前を出して自分たちにもバックがいることをほのめかしたらしい。

もしこれが本当だとしたら、林たちは大変危険で愚かなことをしたことになる。

すでに組に所属したいっぱしの組員を気取る彼らをこの一言はいきり立たせることになったからだ。


「上等だがや!ボケ!やったるぞ!」「コラア!!タコにしたる!ちょっと事務所来いや!」

小林と芳我はそれぞれ二人を殴り始めた。

年下だがすでに本物のヤクザのド迫力の暴行に生半可な気合しかなかった二人の26歳の男たちはなすすべもなく、むざむざ羽交い絞めにされて殴られながら彼らの根城であるマンションへ引っ立てられる。


二対二なんだからこの時林と永田は戦うべきであった、というのは酷だろうか?

しかしそうしていなかったばっかりに、林正英の方はこの後少年ヤクザたちに無残に命を絶たれることになる。


そして彼らの「事務所」前まで来た時、あろうことか永田の方が友達の林を見捨てて逃げた。


「コラ!!待てや!逃げんなや!!」「ナニ逃がしとるんだて!もうええ!コイツだけでええ」


こうして林だけが彼らの根城である大阪市中央区島之内二丁目にあるマンションの408号室に連れ込まれた。

この時林が何を考えていたか今となっては確かめようがないが、ここまで来た以上マンションの他の住民に聞こえるよう恥も外聞もなく助けを求めて騒ぐか抵抗すればよかった。


408号室にはあと二人悪魔がいたのだから。


そして合計四人となった悪魔たちによってこの日が自分の人生で最も苦しく恐ろしい地獄の一日となり、最後の日となることを林はまだ予想していない。

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