第9話
その日の夜。眠りについていたモーリーは、頭の中に響くアラーム音で一気に目が覚めた。
「なに!」
ピーピーピー、と繰り返し音が鳴る。
「侵入者……」
この音は、セルゲが帰ってからすぐに家にかけた魔法――『オールセキュリティ』だ。
すぐさま『オールセキュリティ』を発動する。目の前に半透明の丸い画面が現れる。そこの映し出されているのはこの家を真上から撮った映像だ。まさに航空写真のように、鮮明が画像が映されている。しかもリアルタイム。
画面には、家の裏口に向かって歩いて行くル三人組が映っている。三人に意識を向けて、画像をズームする。
「これは……」
まさに暗殺者然とした風貌。全身黒い服で統一されていて、顔がわからないように黒い布を巻いている。
あ、目は出してあるね。
チラッと上を向いたときに、目が見えた。
おそらく、寝室の場所を確認したのだろう。それにしても……。
「なんで暗殺者が?」
まさがセルゲが? いやいや、ちょっと挑発したけど、金がきっちりかっちり返したんだし。
それじゃ……ほかのパン屋とか? いやいやまっさかー。
「ここは普通に強盗だよなあ。それにしても、服装が徹底しているな」
まあ、でも最近はお客の数が増えているから、その金を狙って?
お? なんか先頭を歩いている奴が、後ろの二人に向けて手信号を送っている。
「……強盗なのか?」
強盗ってもっと直情型というか……行動が単純な気がするけど。
「まあ、考えてもしょうがないか。そういうのは憲兵に任せよう」
とっととあいつらを退治しよう。
「失神モード起動。対象ロックオン」
画面に映る三人の強盗に、○に十字の狙撃マークが重なる。
「発動」
瞬間、強盗たちの頭上に魔方陣が展開される。それに気づいたようだが、そこで止まってしまっているようでは遅い。
魔方陣から雷が落ちて、三人は地面に倒れる。
かすかにだが、魔法の音がモーリーの部屋にも聞こえてくる。声が聞こえなかったので、声を出すこともなく気を失ったのだろう。
「捕縛ゴーレム、クリエイト」
三人のすぐそばの地面から、三体のゴーレムができあがる。大きさは子供ぐらい。無抵抗の人を捕まえるだけの能力しかないゴーレムだ。
ゴーレムたちは、近くにいる人物の両手首を合わせる。するとゴーレムの手が変形して、男たちの手首に土でできた手錠になる。その後、ゴーレムは崩れて、ただの土に戻った。
「失神モードは半日は目が覚めないから、このまま放っておいていいかな」
モーリーはベッドに横になる。
朝になったら、母さんに憲兵を呼んでもらおう。
少しして、モーリーの寝息が聞こえはじめた。
「なにこれ!」
朝、フェリスの悲鳴と絶叫でチャーリーは飛び起きた。
やばっ、母さんに言ってなかった。体はまだ子供だから、夜は眠気がすごいんだよな……。と、早く説明しに行かないと。
ドンドンと木槌を床に打ち付けたときのような大きな足音が聞こえて、フェリスが部屋に駆け込んできた。
「あれなに!」
シンプルな言葉だった。だからチャーリーもすぐに返事する。
「強盗」
「は!?」
あっけにとられるフェリスに、昨夜のことを説明する。話を聞く内に落ち着きを取り戻したフェリスは、チャーリーに部屋にいるように伝えると、衛兵の詰め所にでかけていった。
とりあえず、衛兵が連れて行きやすいようにしておこうかな。
昨日出しっ放しにしていてゴーレムに命令して、強盗をまっ裸にする。これなら強盗が目覚めて、すぐには反撃できないだろう。
「ゴーレム消しておくか」
普通の生活魔法では、ゴーレムは創れない。この店の誰も創れないゴーレムがいるとわかると、調べはじめる人がいるかもしれないからな。
ゴーレムを消してそんなことを考えていたら、庭から悲鳴がした。
「変態だ! 変態がいる! だーれーかー!」
この声はクレアだ。
仕事先に来たらまっ裸の人間がいたら驚くよな。パンツぐらいはかせたままのほうがよかったかな。
ドドドドと連続した足音が聞こえると、ドアが勢いよく開く。
「モーリー! 貞操は大丈夫!?」
貞操って……なにを言っているんだこの人は……。これまでもギリギリな言動してたけど……。
「切れてない? 血は大丈夫? まさかモーリーを狙う輩がいるなんて」
もうダメかもしれないな、クレアさんは。
「いや、俺は怪我ひとつしてないよ」
「本当に?」
「そうそう。あれは……」
なんて説明すればいいんだ……? 俺が捕まえたなんて言えないし……。
「あれは? なんなのモーリー! はっ! やっぱり……」
「違う」
クレアの頭に軽くチョップする。
クレアは「あう」と言って、なぜか嬉しそうに顔をして、叩かれたところを自らの手でなでる。
これまで節度を守ってたのに、なんで!
「……あれは強盗なんだ」
どう説明したらいいんだろう……。生活魔法を秘密にしたまま、つじつまの合う説明を……。
「強盗が家に押し入ろうとしたとき、ドラゴンのマスクを被った男が現れて、あっという間に強盗をやっつけたんだ。俺が名前を聞くと、ドラゴンマスク、と言って去った。その姿は物語にある英雄のようですごかった。格好よかった」
なにを言っているんだ、俺!?
「そ、そんなすごい人がいたのね……格好いい」
え? マジですか?
フェリスは衛兵を連れて戻ってきた。モーリーは衛兵たちにも、クレアにしたのと同じ話をした。衛兵に事情を説明しようとしてときに、フェリスはモーリーのことを話せないと気づいて、強盗が来た、と言って連れてきたようだ。
衛兵はドラゴンマスクのことは子供の言うこととして真に受けてない様子だった。誰が強盗を捕まえたのかを追求するのは止めて、裸の彼らを連れて去って行った。
小さくなっていく衛兵たちの背中に向かって、クレアが舌を出す。
「ドラゴンマスクがいないなんて……ばっかじゃないの!」
「クレア、そういう人はいないと思うわよ」
「モーリーが見たって言ったんだから、絶対にいます! 格好いいな。ドラゴンマスクだ……ふへへ。本当に英雄みたい」
そんな英雄がいても、人気は出ないだろうな……。こんな説明したのは悪いと思っているから、母さん、そんな目で睨まないで……。
おや? あれって……。
「まあ! あれってチャーリー!?」
衛兵の横を通って、一台の馬車がモーリーたちの家に向かってやってくる。
御者台に乗っているのは、まさしくチャーリーだ。
「こんな時間に帰ってきたの」
「珍しいですね。旦那様は、いつも安全を取って夕方頃に戻るスケジュールなのに」
魔物がいるこの世界では、あまり夜中に行動する者はいない。必然、馬車の移動は日が出ている内のみ。
こんな朝早くに戻ってくるってことは、夜中も走っていたってことだよな。なにかあった……。まさか、仕入れができなかったとか?
そんなことを考えている内に、馬車がモーリーの前で止まる。
「モーリー! ちょうどよかった」
馬車から降りるとすぐに、チャーリーはモーリーの肩を両腕で掴む。
「あなた、帰ってきたばかりなんだから、少し休んだら。飲み物はいかが?」
「そうですよ旦那様。顔色が悪いですし、もしかして眠ってないんですか?」
言われてみれば、父さんの顔は疲れている。
フェリスとクレアの気遣いを無視して、チャーリーは言う。
「お前、病気を治すポーションを創れるか!」
ちょっと父さん、クレアがいるよ。
「いやーそれは……」
チラチラとクレアを見れば、彼女は口をだらしなく開けてニヤニヤしはじめた。
こんなときにショタが発動したのかよ!
「クレア、モーリーのことをそんな風に見ないように。そんなことしてるなら、店の準備をしなさい」
静かに言うフェリス。だが、笑顔の下では怒りが渦巻いている。
「え、あ、もちろんです。もうそろそろシェルが来るし、準備はじめようかな」
あはは、と取り繕うように笑うと、家に入っていく。チャーリーは彼女が入ったのを確認してから「ごめん」とモーリーに謝る。
「急いでて、つい言ってしまった」
「いいよ。クレアもとくに気にした様子はないし」
「……さっき言ったことは忘れてくれ。ちょっと焦ってて。お前ならもしやと思ったが、さすがにないか」
「え? 病気が治るポーションならできるよ」
「え?」「は?」
モーリーが言うと、チャーリーとクレアが目を見開いて絶句した。
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