第8話

「これ美味しい味がしますね」とフェルが評したパンは、昼前には売れ切れた。朝食用に買った主婦の人が、その味に感動し、近所のママ友にパンのことを広めてくれたおかげだ。主婦の言葉がとてもよかったのか、売り切れたあとやってきた人は「明日も同じパンを売るの?」「あれってほかにも売ってるの」とクレアに聞いていた。


 あのパンはモーリーしか作ることができないから、翌日からモーリーに仕事ができた。毎朝パンを作るのだ。

 そして、その仕事ができたことで変わったことがある。チャーリーがパン代を渡してくれるようになった。パン代だけではなく、ポーションもそうだ。モーリーを仕事相手として見てくれる証拠だ。


 もともとモーリーには生活魔法を使って、両親に内緒で稼いだ金が潤沢に比べれば微々たるものだが、チャーリーにとってはとても大事なお金になった。


「本当にこのパンって美味しいですよね。チャーリーさんもいい工房を見つけましたね」


「本当そうよね! 私のお母さんも、毎朝必ず買いに来るもの。毎朝寝坊していたお母さんが! あ、モーリー、口にソースがついてる」


 クレアがハンカチでモーリーの口を拭う。


 子供だからって、口を拭くられるのは恥ずかしいな……。パンが大きすぎるからいけないんだ。


 店はフェリスとほかの従業員に任せて、いまモーリーは、クレアとシェルと一緒にお昼ご飯を食べている。モーリーのお手製(?)のパンを使ったサンドイッチだ。中にはハムとレタス。それにバターとマヨネーズ、マスタードを混ぜたソースが塗ってある。


「にしてもこのマヨネーズも美味しい味ですよね。チャーリーさんはどこで仕入れてくるんですかね」


「本当そう! こんなの食べたことないし、ほかの店に行ってみても売ってないんだよね。お母さん、マヨネーズを野菜につけてすごい量食べてるんだよね。これって美味しいけど、太りそうな感じがするのよね」


 するどい! 注意したほうがいいかな?


「アレアさん、毎日マヨネーズを買いに来てますよね」


「最近、どんなご飯にもマヨネーズが添えられているのよね……」


 マヨラーが誕生した! いま減らしたほうがいいと言っても……もっと早く言っていれば。まあ、この世界の人は運動量が多いから、大丈夫だろう。


 じつはこのマヨネーズやマスタードも、モーリーの生活魔法で出したものだ。チャーリーから仕事相手として見てもらえた嬉しさから、こんなのもある、とプレゼンを開始。その中で、パンに合うこの二つも売ることにした。


 そして、モーリーが作ったパン、ポーション、マヨネーズ、マスタードの中で一番人気があるのがマヨネーズだ。この世界には、日本のように冷蔵庫なんて便利な道具はないから、どうしても長期保存は難しい。商店や飲食店には氷室があるが、各家庭は氷室なんて用意できるはずもなく。じつは、氷室のおかげで、氷を作れるスキル持ちはけっこうな額を稼いでいる。


 俺なら、冷蔵庫も出せるけど、オーバーテクノロジーだよな……。紙みたいに、品質がいいんだ、で誤魔化せないし。


「今日も、仕入れ先を教えてほしいって商人が来ましたね。チャーリーさんがいないので、っていう理由ですべて断ってますけど」


「そんなのチャーリーさんに話を通さなくていいよ」


「それはダメですよ。一応は話をしておかないと」


「でも、どうせ教えないでしょう。商人は自分の利益を簡単に渡さないものなんでしょう」


「それはそうですけど、決めるのはチャーリーさんですから」


 父さんが戻ってきても、俺のことは言わないから、放っておいてもいい気がするけどな。あ、でももう少ししたらマヨネーズの類似品が出てきてもおかしくないかな? マスタードは、無理かな。


 いま、チャーリーは王都に出かけている。セルゲの影響力が強いため、この街で商品を仕入れることは困難になっているからだ。

 というのも、どうやらセルゲは、前々から各ギルドのトップに金を貸していたらしい。その金をチャラにするのと引き替えに、この店の仕入れを止めさせたのだ。けれど、セルゲと関係のないところは、いままで通り商品を卸してくれているのが救いだ。

 モーリーにかかればすべての商品を賄えるが、そうすれば、どこからその商品を仕入れたのか問題になる。その際にモーリーの力がバレるのを防ぐため、新たな仕入れ先を開拓しに王都に行ったのだ。


「あ、お昼終わったら、マヨネーズを補充しておかないと」


「それなら僕がやっておきますよ」


「ありがとう。……氷室にあるマヨネーズを見たら、お母さん食べ尽くしそうだな」


「アレアさんはそんなことしないでしょ」


「シェルは知らないのよ。お母さんのマヨネーズにかける情熱を。さっき食事にはマヨネーズを出しているっていったけど、私たち家族分とは別に、お母さんってば自分用のマヨネーズを用意しているのよ」


「それは……」


 シェルが引きつった表情をしている。


 その気持ちすごくわかる。まさかアレアさんがそんなにハマっていると思わなかった。ハーフカロリーのマヨネーズに変えたほうがいいのかな……。


「あ、またソースついているよ」


 ハンカチを手に持ったクレアはモーリーの口元を拭う。


 くそぅ……。口が小さい。いや、パンが大きいんだ。今度からは俺のサンドイッチは半分に切ってもらおう。

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