第7話

「なんでこんなことに……」


 クレアが肩を落とす。声にも力が困っていなくて、目には涙が浮かんでいた。


「……今日は、いまある商品で店を開こう。シェルとクレアは、開店準備をお願いするよ」


「ですが、ポーションもパンもないんですよ。これじゃ、お客さんが来てくれても……」


 この店で毎日必ず売れているのが、その二つだ。パンは言わずもがな。ポーションといっても、今朝モーリーが飲んだものではなく、最低品質のものだ。修行中の錬金術師が内職のために大量に作っているおかげで、村のみんなは擦り傷程度でもポーションを飲む。


「それでも、店を開ける」


「そうですね。いまある商品を必要としてくれる人もいますから。シェルもいつまでも暗い顔してないで手伝って」


「確かにお店のことで悲しいけれど、暗い顔している理由はクレアにもあるからね」


「私なにもしてないじゃん」


「したの。僕の活躍を奪ったの」


「……本当になにを言ってるの」


 クレアとシェルは言い合いながらも開店準備を進める。


「私のほうでも伝手を当たって見る。フェリスはサーシャのところに行って、パンを卸してもらえないかもう一度頼んでくれ」


「わかった」


「ちょっと父さん、こっち来て。母さんも」


 二人が意気込んでいる中、モーリーは小声で呼ぶと店舗から家への廊下に連れて行く。クレアたちと離れていることを確認して、『傷薬』を使って、傷薬を創り出す。


 これは、今朝飲んだものと違って、いわゆる最低品質のポーションだ。


「ポーション!?」


 二人の驚いた声が廊下に響く。


「あと、『ホームベーカリー』」


 このスキルはどんなパンでも創り出せる。スキル発動後、モーリーの手にはフランスパンがあった。この世界でよく食べられているパンだ。


「ポーションとパンなら俺のスキルでいくらでも創れるから、これ売ってくれない」


 モーリーがパンとポーションを差し出す。チャーリーはポーションを手に取ってまじまじと見て、フェリスはパンを掴むと匂いをかぐ。


「確かにポーションのようだな。鑑定でもそうでる」


「いい匂い……モーリーのスキルって、こんなこともできるのね……。これ食べても平気?」


「うん」


 フェリスがパンをちぎって口に運ぶ。味わうように口を動かし、飲み込むとカッと目を見開く。


「これ、すごく美味しい!」


 ホームベーカリーで創り出したものは、一流のプロが作ったもの同じぐらい美味しい。


 これで、焼きそばパンもできればいいんだけどな……。


 スキルの欠点は、総菜パンは作れない。焼きそばパンを作ろうとすると、真ん中に切れ目が入ったコッペパンができるのみ。


「どうしたんですか……ってパンとポーション!」


「本当だ。それどうしたんですか? 家の? いや、でもパンは作りたてみたいに新しい……」


 フェリスの声に気づいたクレアとシェルがやってきた。二人はポーションとパンをまじまじと見ている。


「いい匂いですね。これ、どうしたんですか」


「ポーションは家にあったんですか? いつも、必要だったらお店のを使っていたはずですけど」


「これは……」


 クレアとシェルの質問に答えられず、チャーリーは口ごもる。


 そんな様子を見て、モーリーを話し出す。


「さっき家のほうに人が来て、これでもいいなら卸していいって」


「モーリー本当! 旦那様、これ売りましょう。奥様、パンの味はどうですか?」


「……ええ、美味しいわ。食べてみる」


「いいんですか! じつは、匂いで気になっていて」


 フェリスからパンを受け取ったクレアは、豪快にパンをかじる。


「美味しい! これすごい美味しいですね」


「クレア、僕にもちょうだい」


 クレアは、シェルの言葉が耳に入ってない様子で、ものすごい勢いでパンを食べている。


「モーリー、いいのか?」


 チャーリーはかがみ込んで、モーリーに囁く。


「うん、父さんと母さんのために使いたいって、俺が決めたから。俺のわがままを叶えるために、これ使ってくれない」


「お前はいい三代目になる」


「ありがとうね」


 チャーリーとモーリーの会話を聞いていたフェリスは、モーリの頭をなでる。


「クレア、そろそろ僕にも……」


 クレアは、まだパンに夢中で、シェルの言葉に反応しない。


「せめて一口は残しておいてね」


 たぶん無理だろうな……。あとでシェル用にパンを作ろう。


 モーリーはそう決心した。

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