第5話
チャーリーとモーリーは、店に行きクレアの手伝いをしにいった。あとからくる店員への説明もするのだろう。
みんなが働いている中で、モーリーは自室に戻っていた。いろいろなことがあったからと、両親からゆっくり休みなさいと言われたためだ。
ベッドに横になると、体が布団の中に沈む。全身から力が抜けていき、このまま布団に埋まってしまいそうな感覚になった。
精神年齢は高いけど、体は子供だからなー。
ノックの音がした。
起きると、片手でドアを開けて入ってきたシェルがいた。
鼻筋がスッと通った美青年で、丸い目が柔和な顔をさらに引き立てている。サラリとした金髪を後ろで結んでいて、髪の毛の先が肩にかかっている。
いつ見ても、本当に王子様みたいだよな。
「坊ちゃん、起こしちゃった?」
「いや、ちょっとうとうとしてただけ……いい匂いがする」
「珈琲持って来たよ。ミルク多めの」
シェルは片手に持ったお盆を差し出す。ミルクを入れて薄茶色になった珈琲とチョコレートが乗っていた。
いい匂いだな……。珈琲党の俺にとって、こっちの世界にも珈琲があって嬉しかったな。ただ、珈琲を飲むのは、どんな退屈な場でも寝ることのできない貴族ぐらいだから、高いんだよな。
毎日五杯以上、珈琲を飲めた日本が懐かしい。
シェルにお礼を言って、珈琲……というかカフェオレを飲む。
「今日は、大変だったな」
シェルがモーリーの頭をなでる。
クレアか父さんたちに今朝の出来事を聞いたのか。
「……なにかあったら、俺でよかったらいつでも聞くから」
笑顔を浮かべるシェル。さすが店の看板娘(?)。女性客が、シェル目当てでやってくるのもうなずける。
「大丈夫。珈琲ありがとう」
柔らかい手の感触が頭から遠ざかるとき、ふと手首に嵌まっているリングが見えた。
「坊ちゃん、僕は店の手伝いに行ってくるから。店自体は壊れてないから、明日から開店できるみたいだよ。僕も頑張らないと」
その言葉を聞いて、チャーリーは思わず吹き出した。
「なんで笑うんですか?」
「だって、いつもと違って、シェルがやる気出してるから」
「いやいや、いつも頑張ってやってますよ。ただ、お客さんを前にすると少し上がっちゃうだけで……」
シェルの言葉が段々と弱くなる。
「あ、昨日、お客さんの質問に答えられなくてクレアに助けてもらったときの記憶が……ダメだ……ちゃんとやらないと……」
「落ち込まないで、ほら、チョコあるから」
モーリーはチョコレートを一欠片持って、シェルの口元に軽く落ち着ける。すると、シェルがそれを食べる。
「ありがとうございます、坊ちゃん。……よし! 坊ちゃんに励ましてもらったし、頑張ってきます」
シェルは部屋から出て行った。口元にチョコレートをくっつけたまま。
クレアになにか言われなきゃいいけど。
珈琲を飲みながら、シェルが嵌めていたリングのことを考える。リングは、奴隷の証し。小さい頃に奴隷商に引き取られたシェルは、店の働き手を探していたチャーリーに買われた。そんな奴隷が、店には数人いる。
奴隷といっても、暴力を働くことも、ただ働きさせることも許されていない。それになにより、奴隷を買えるのは経営者のみ。奴隷とは、ハローワークみたいなものだ。ただ、奴隷側からは働く場所を選べない。
もし、借金で店を盗られたら、シェルたちの所有権も、セルゲのものになっちゃってたのかな。そしたらシェルたちは……。
暴力やただ働きが許されていないとはいえ、それさえ守ればどんな労働もさせられる。例えそれが危険なことでも、本人が嫌がっていても。
「もしかして、奴隷のみんなを守るために、一家心中を……」
もし、経営者一族がすべて亡くなれば、奴隷たちは奴隷商に戻る。
セルゲのものになるよりは、奴隷商に戻したほうがと考えたのかな。
一家心中を選んだことに対しては思うところはあるけど、そういうところは父さんらしいというか……。まあ、スキルを隠していた俺もそうだけど、その決断する前に話してほしかったな。
これからは、もっと話そう。そして、話してもらえるようになろう。
チョコレートを珈琲に入れて、かき混ぜる。チョコレートで甘くなった珈琲を飲んだ。甘くてまろやかで、少しだけ苦かった。
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