第4話

 セルゲを追い返して大笑いしていた俺は、正気に戻った父さんと母さんにいろいろと質問された。いや、詰問されたと言ったほうがいいかもしれない。


 いずれスキルのことは話さないとと思っていたので、この機会にすべてを告白した。自分の生活魔法が、ほかの人と違うこと。スキルの練習でさまざまなことができるようになったこと。その副産物で生まれたものを、先ほどの紙(日本でいうコピー用紙)を、信頼の置ける人に売っていたこと。それで得たお金をずっと貯めていたこと。


 いろいろとしゃべったが、俺が転生者だとは言っていない。言ったとしても、異世界なんて信じられる訳ないしな。


「それなら、私たちに言ってくれれば」


 チャーリーは寂しそうな顔で言う。こんな重大なことを話してもらえなかった。自分の子供なのに。その思いはフェリスも同じだった。彼女も顔を伏せている。


「あ、ご、ごめん、なさい」


 そんな顔されるなんて……。少しは話しておくべきだったな。


 モーリーはこの両親のことが好きだ。前世の記憶はあるが、それでもモーリーにとっては二人は父親と母親だ。いま生きているのは、この世界に生まれたモーリーだから。


「でも、スキルのことを言ったら、家から離れることになるかもしれないから」


 持っているスキルが有用なものだった場合、スキル保持者は国に保護される。これは、教会にいる鑑定持ちの神官から自分のスキルを告げられるときに、同時に教わることだ。国に保護をされると、住む場所と食事には困らないようになる一方、将来は国のために働かされる。


「でも、お前のためになる。私たちは裕福だが、国はそれよりも豪華な暮らしをさせてくれるんだ」


「それでも、お父さんとお母さんと一緒にいたくて」


「!」


 モーリーの言葉に、感極まったチャーリーとフェリスは、小さな体に抱きつく。二人の目には涙が浮かんでいて、こぼれた涙が頬を伝う。


 二人の腕から、モーリーは自分への愛情を感じた。そんな二人の愛情に対して、彼は罪悪感を覚える。じつは、スキルのことを報告しなかったのは、将来国のために働くのが嫌だったからだ。働くなら、自分のため。自分が好きな人のために働きたい。そんな思いからだった。


 でも、両親のことを好きなのは本当だ。前世は家族と過ごす時間が少なかったこともあり、今生では家族と長い時間を過ごしたかった。


 将来、親の後を継げばぐうたらできる生活が待っているから、というの少しあったが……。


 両親の愛情を感じたいま、モーリーの意思は固まった。


「俺、父さんと母さんのためにスキルを使うよ」


 いままで嘘を吐いていた分、これからは両親の役に立つ。


「それはダメ」


 だが、モーリーの決意は両親に一刀両断された。


 え? なんでダメなの?


 そんなモーリーの考えを読み取ったのか、フェリスは優しい声音で話し出す。


「そのスキルはモーリーが授かったものよ。あなたが、自分自身のために、自分がよいと思えることのために使って。誰かのためじゃなくて」


 モーリーのスキルを少ししか見ていないが、それでもそのスキルが優秀なものだと、両親は気づいている。それこそ、このスキルが国の役人の目にとまれば、すぐにでも国に保護されるぐらいに。

 だからこそ、二人はそう言ったのだ。両親として。モーリーを愛する人として。自分たちが足かせとならないように。モーリーがよい人生を歩んでいけるように。


 その気持ちが、言葉にはならないその気持ちが、モーリーにも伝わってきた。フェリスの言葉と声、両親の表情から。


 こうなるなら、もっと早くに打ち明ければよかった。打ち明けられなかったのは、もしかしたら……、という考えが頭をよぎっていたからだ。


「わかった、俺、自分のためにスキルを使うことにする」


 俺の言葉を聞いた父さんと母さんは、嬉しそうに微笑むと、きつく抱きしめてくれる。


 二人が不幸せにならないようにスキルを使う。それが、いま決めた俺の願いだ。


「ど、泥棒!」


 入り口付近から、女性の叫び声が響いた。


 突然の大声に体を竦ませるモーリーたち。だが少しして、声の主の正体に思い至った。


「モーリー! 旦那様、奥様! 無事ですか! ああ、どうしよう、そうだ、衛兵を呼ばないと」


「ちょっと待って!」


 事が大事になる前に声を上げる三人。その重なった三人の声が、入り口にいる女性まで届いた。


「無事だったんですね!」


 ドタドタと激しい足音が響かせて、十代中頃の少女がモーリーたちの前にやってきた。


 彼女は、モーリーのところへ一直線に歩くと、彼の体をぺたぺたと触る。


 何度も首を触らなくても、そこに怪我がないぐらいわかるだろう。


「怪我もないですよね! ああ、モーリーの肌に怪我があったら私、一生後悔します……!」


「怪我もないし、俺が怪我してても、クレアのせいじゃないから、後悔しなくていいよ」


「そうよクレア。それに……そんなにべたべたしたら、モーリーも困っちゃうでしょ」


 フェリスは、いまだに顔をぺたぺたと触るクレアの手を優しく剥がす。


「モーリー、迷惑でした!?」


「……えっと、いや、心配してくれて嬉しいよ」


 でも、過保護なんだよな、クレアは。というか、ショタが過ぎるんだよ。


「そうでしょモーリー! やっぱりモーリーはかわいいな!」


 ギュッとモーリーを抱きしめる。


 あと四年経っていたら、危なかった。なにがとはいわないが……。


 モーリーたち家族が無事だと知り安心したのだろう、クレアが家の状況へと意識が向いた。


「……それでなにが……。お店がぐちゃぐちゃでしたけど」


 店と家族の大黒柱であるチャーリーが、セルゲが来てからのことを説明する。一家心中とモーリーのスキルのことは除いて。


 借金がなくなったことの説明に、破れた借用書を見せた。


「そんなことが……でも、本当に皆さんが無事でよかったです。金貸しのセルゲって、私でも知ってるほど悪いことしているようで」


 高い利子に激しい取り立て。一度借りたら家がなくなるまでつきまとうしつこさ。そうしたことを繰り返し、わずか三年でこの街一番の金貸しに成り上がった。


「でも……金を貯めていたおかがで、どうにかこの商会を守れた。ただ、今日は店を開けないだろうな」


「そうですね。お店に入ったとき、売り物の半分以上が壊れていたり汚れていたりしたので……」


「まあ、今日はお店を休みにしよう。クレアは先に、店の片付けと在庫確認をはじめておいてくれ。これから出勤した人にも、やってもらおう」


「旦那様、みんなにはどう話せば……」


「いま言ったことはすべて伝えてくれたかまわない。そのほうが、みんなも安心するだろうしな」


 なぜ店がこうなったのかわからないまま仕事するよりも、事情を説明したほうが、店員のみんなも安心して働ける。借金がなくなった証拠の破れた借用書を、クレアは見ているから説得力も増すはずだ。


「そうですね。そのほうがみんな安心します。じゃあ、さっそく片付けはじめますね!」


「ああ、頼む。私たちもこっちの片付けが終わってから行くよ」


「はい、旦那様。じゃあ、モーリー、あとでね!」


 走って部屋を出て行くクレアを見送ったあと、モーリーたちは自然とため息を吐く。同じタイミングで出たため息に、モーリーは両親の顔を見る。二人ともと目が合った。


 いい家族だな。本当に。


「モーリー、お前に黙って、最悪な行動を取ってしまって、本当に申し訳なかった」


 頭を下げないでよ父さん。急にどうしたの……。


「お前を子供としか見てなかった。今度なにかあったら、お前にもしっかり相談して、なにをするか決める」


 チャーリーはモーリーの頭をなでる。


「よろしくな、三代目」


 ……はじめてだ。はじめてそう呼んでもらえた。


「今度から、店の手伝いも頼む」


「わかった!」

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