第3話
「君の叔父さんは、ダンジョンで負った傷の後遺症でパーティーを追放されたんです。そしたら、彼はなにをしたと思います?」
子供にクイズを出すように、セルゲは猫なで声のような声を出す。完全にこの場を支配しているという自信から、楽しさがこみ上げてくるのだろう。
「……」
こんな奴の楽しみにつき合うつもりはない。
「君の叔父さんは、食堂をはじめたんですよ。冒険者のために安くて美味い料理を出すんだ、とね。それが……」
笑いを抑えるように口に手を当てる。
「利益度外視の値段設定のせいで、資金繰りに困ってたんだ。それで私が誘ったら、あなたのお父さんを説得して……ダメだ! 面白過ぎるよ」
セルゲは大声で笑い出す。
耳障りだ。転生してから、こんなに嫌な奴に出会ったのは初めてだ。
「で、借金っていくら?」
「坊やにはわからない額ですよ」
「いくら?」
イラッとしていたら、自分でも驚くほど冷たい声が出た。おお、父さんたちもビックリしている。
「……白金貨で十枚ですよ! そこら辺の平民が寝ずに百年働いても稼ぐことのできない! 大金!」
少々興奮してしまったようですな、と言い、取りなすように咳払いをすると、落ち着いた声音で話しはじめる。
「本来なら、この店にあるものを、もちろん働いている奴隷も含めて、すべてあわせてもせいぜい白金貨五枚。それで、借金をチャラにしようと申し出ているのです。それでいいですよね、チェーリー氏」
「……それは」
父さんは「こんな奴に渡したら……」と悲痛な声をあげる。だが、その声が聞こえているのは、モーリーとフェリスのみ。
「さあ! 店を明け渡しなさい」
「え? 無理」
は? と息の抜けた声を上げるセルゲ。それでも数秒のあとに、眉をつり上げて、モーリーに向かってドンドンと近づく。そして、モーリーの髪を掴んで顔を上げた。
「決めた。こいつは奴隷にする。ガキならどんなものでもよろこぶ奴がいる。お前は顔がいいから、じっくりとかわいがられるぞ」
「止めてください! この子だけは、どうか……私たちは奴隷でもいい。でも、でも……」
「父さんがそんなことを言うことはない。金を返せばいいだけだ。俺が出す」
「ガキがたいそうなことを!」
うわ、こいつのつばが飛んできた。きたねえ。取りあえず、いつまでも髪を掴んでんだこいつは。
モーリーはセルゲの手首を握ると、「『万力』」と呟き力を込める。
「ぐぅ!」
パッと髪から手を放したセルゲは、モーリーに掴まれた箇所をもう片方の手で押さえる。自分の手首とモーリーを交互に見て、小さな声で言う。
「なんだ、急にすごい力が……」
次だ。
「『タンス貯金』」
モーリーのすぐ横に引き出しが現れる。その引き出しを支えるものはなにもない。引き出しだけが宙に浮いているのだ。
その様子を見た両親とセルゲは目を見開く。セルゲの護衛らしき大男は、驚き過ぎてのけぞっている。
「白金貨五枚だったよな……いや、借金の額は十枚か」
俺は引き出しを開ける。引き出しの中は暗闇。その中に片手を突っ込み、白金貨十枚と念じる。手に確かな重みを感じて、引き出しから手を抜く。
そこには、白銀色の硬貨が十枚、確かにあった。
「これで、借金返済だよね」
この部屋の誰もが絶句している中、モーリーの少年らしい高い声が響く。
「借金返済だよね」
あまりの出来事に呆然としているセルゲは、モーリーの言葉にコクコクと頷いた。直後、正気に戻って声を上げる。
「いやいや! なんでこんな金をお前が持っているんだ! あの引き出しはなんだ!?」
一気にまくし立てるセルゲに、いままでリアクションをしてこなかった大男も首を縦に振る。
「「モーリー、いまなにしたの?」」
チャーリーとフェリスが口をそろえて言う。二人とも目を見開いて、モーリーと白金貨を交互に見ている。
「俺のスキルだよ。それと白金貨、いままでコツコツと貯めていたものだよ」
「え? 貯金って……」
およそ信じられない言い訳に、チャーリーは思わず呟く。だが、商人として信じられることはある。
いまここにある白金貨の輝きは、紛れもない本物だ。
「……う、嘘だ! これは偽物だ! こんなガキが大金を持っているはずない」
「え? おじさんはわからないの? これが本物かどうか」
「そんな……ことは。だが! 信じられるか! ……そうだ、どうせ見えるところだけ本物で、あとは偽物だ」
セルゲが、モーリーの手から白金貨をひったくる。そして、一枚一枚の重さを確かめたり、白金貨同士をぶつけたりして、白金貨が偽物であるという証拠を探す。
彼が白金貨を調べている間、誰も動かなかった。あまりの出来事に、みんなが呆然としたまま、セルゲの様子を見ていた。もしかしたら、両親でさえ、息子のモーリーが出した白金貨を偽物ではと疑っているのかもしれない。
それほど前に、白金貨とは大金だ。
「そんな……こんなこと……」
セルゲの手が止まる。白金貨が本物だと認めたのだ。
「それじゃあ、借用書を返してくれる。持って来ているんでしょ?」
催促するモーリーを、セルゲは睨みつける。モーリーとセルゲの視線が合う。怒りの形相で見ているセルゲに比べて、モーリーの顔は涼しげだ。
やがて、視線を外したセルゲは、上着の内ポケットから折りたたまれた紙を取り出す。紙は白く、両面がツルツルしている。つい最近流通しはじめた、高級紙だ。
「これが借用書だ」
セルゲが差し出した紙を受け取ると、モーリーは内容を確かめる。
うん、確かにうちのだ。
「父さん、これだよね」
突然呼ばれたチャーリーは、慌てた様子で紙に顔を近づけて、それから少し離れて、内容を確認する。
「これで間違いがない」
それを聞いてから、モーリーは紙を破る。
「これで借金はなくなったね。それじゃとっとと金を持って返ってね」
セルゲは忌々しそうにモーリーを見るが、すぐに顔を逸らして大男に言う。
「……帰るぞ」
セルゲは歩き出す。それに遅れないように、大男は大股でついていく。
そんな二人の背中に向かって、モーリーは声をかける。
「それと、高級紙を使ってくれてありがとう。それ、俺が作った紙なんだ」
セルゲと大男は目と口を大きく開いて、間抜けな顔をさらす。
なにあの顔、面白い!
心の中で笑っているモーリーの横で、両親もまた目と口を大きく開いていた。
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