第2話

 どうにか両親を寝室に運んで、ベッドに寝かせる。


 疲れたー……。


 モーリーは座り込み、背中をベッドに預ける。十歳の体で、大人を二人、移動させるのは骨だ。同じ階だったから、どうにか移動できたが……。


 一体なにが起きたんだ……。




 いつの間にか眠ってしまったらしい。気づけば、カーテン越しの光りが室内を照らしていた。両親はまだ寝ている。


 父親のチャーリーはいびきをかいていて、腹をかく。フェリスは寝返りをうつ。ほのぼのとした光景に、安堵よりもイライラが募る。


 昨日、あんなことをしたあとなのに!


 モーリーはベッドを強く叩く。埃が舞って、チャーリーとフェリスが跳ね起きる。


「うわっ!」

「……え! 生きてるのかしら?」

「え? なんで、いや、死んでいるのか」


 二人は顔を見合わせて、相手の顔をぺたぺたと触る。「触れる」と呟いては、お互いに触り続ける。


 そんな様子を、モーリーは静かに見ていた。


 ……いい加減、気づいてくれないかな。


「ハッ! モーリーはどこだ! って、そこに!」


 チャーリーが気づいて、続いてフェリスも驚きの声を上げた。


「おお、生きていたのか!」


 チャーリーが叫んで、モーリーを抱きしめる。そんな二人をフェリスが両腕を広げて包み込む。モーリーとフェリスはすぐに嗚咽を上げて、涙を流す。「生きててよかった」「ごめんね、あんなことして」と、何度も謝る。


「で、なんであんなことを?」


 二人が落ち着いてきた頃を見計らって訪ねた。


「お前には本当に申し訳ないことをいた。でも、あれしか方法がなかったんだ」


 チャーリーに抱きしめられるモーリー。顔のすぐ横で泣き始めた父親に、うんざりとする。


 ああ、転生したときは、いい家に生まれたと思ったのに……。


 モーリーは転生者だ。前世は、弟と妹を養うために、いくつもの仕事を掛け持ちして働き続けた。常に仕事で疲れている日々だったが、弟と妹の成長を見ると不思議と元気が出た。体を壊しながらも働いた結果、国立だが弟と妹を大学まで行かせることができた。そんな働き続けた日々を過ぎていたから、三食昼寝つきののいまの暮らしは気に入っていた。モーリーが生まれた家は、街一番の商店で、王城にも品物を卸しているほどの優良企業だ。いずれはこの両親に代わり働くことは決まっているから仕事の心配も必要ない。しかも、働き方次第では、大人になってからも三食昼寝つきの生活が待っている。


 それに、モーリーにはチートがある。神様には出会ってないのだが、なぜかあるのだ。それは、生活魔法。この世界では、生まれたときから一人ひとりにスキルが備わっている。鍛冶、刺繍、剣技、商才、火魔法などなど。これらは完全にランダムだが、多くは親の職業と関係のあるスキルになっている。


 さて、一般の生活魔法は、生活がちょっと便利になる程度の魔法しか使えない。少量の水を出したり、種火を作ったり、家をきれいにする魔法をつかえたり。できることは多いが、なくても困らない程度のスキルだ。


 だが、モーリーは違う。水を出せば村を流し、骨すら残らないほどの火を出し、家を新築同様までに修復する。できることが多く、なくてはならないスキルだ。


 そんな強大なスキルを持っていることは、誰にも明かしていない。転生者ということもあり、子供の時分が強大な力を持っているとわかると、絶対に面倒になるからだ。例えば、どこかの貴族にこき使われたり、国に囲われたり。三食昼寝つきの生活を手放したくはない。


 そんなことをつらつらと考えていると、ドアを叩く音がする。それも、ドンドン! と力強くドアを叩いている。その音に、両親はさらに強くモーリーを抱きしめる。


「ああ、来てしまった……」

「誰? なに?」


 ひときわ大きな音がすると、遠慮のない足音がした。それが近づいてくるのにあわせて、モーリーを抱きしめる両親の腕に力が入る。


 隣のドアを開ける音がしたと思ったら、すぐにモーリーたちがいる部屋のドアが開かれる。いや、ドアが室内に飛んできた。


 そこにいたのは二メートル近くある筋骨隆々の大男だ。彼の靴裏が見えた。ドアを蹴破ったのだろう。彼の靴裏越しに、小さな影があった。

 大男とは違い突き出た腹に、顎のない首元。大男がシンプルな服装なのに比べて、刺繍の施された華美な服装だ。


「ここにいましたか、お約束のお金の用意は?」


 太った男が話し出すと、大男は後ろに下がる。二人の間には明確な上下関係があるのだろう。


「それは! ……まだ」


 とっさに言うチャーリーは、すぐに語気が大人しくなる。


「では、借金の代わりにあなたの商会をいただきましょう」


 は? 借金!? いやいやなにそれ! いつから? 生活なんてまったく変わった様子なかったのに。食事の質もお菓子も……それに商売だって変わりなかったのに……。借金って、融資のこととか? でも、それじゃこんなことには……。


 なにがなんだかわかなくなってきた。


「それはできない! ここは親父がコツコツと仕事をして、ここまでの規模にしたんだ。それを、私が……」


「あーはいはい。早く出て行ってくれませんかね。いまからここは、この私、セルゲのものになるのですから!」


 大声で笑うセルゲ。その声に合わせて大きな腹が揺れる。


「父さん、借金なんてあったの?」


 モーリーの言葉に、チャーリーとフェリスはお互いに顔を見つめる。二人の目線は揺らいでいて、口を閉ざすだけ。


 そんな様子を見たセルゲは愉快げに笑う。先ほどよりも腹の揺れが大きい。


「息子さんになにも言ってないなんて、これはこれは。いいですかお坊ちゃん、あなたの両親は保証人になったのですよ。あなたの叔父のね」


 叔父? 叔父って、冒険者をしているはずだが。しかも、ギルド内で一位二位を争うほど稼いでいるパーティーのリーダーだ。そんな人が、金に困るなんて……。


「理解できない顔ですね。そうですよね、あなたの叔父は、かの有名な”片翼のドラゴン”のリーダー。そこにいる父親よりも、憧れの存在ですもんね。そんな人がなぜ借金をしているのか気になりますか? んん?」


 楽しそうに話すセルゲを、モーリーは冷めた目で見ていた。


 叔父さんのことも気になるけど、こいつすっげえ嫌いだ。

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