え? 生活魔法がチートなんですけど……

桜田

第1話

 苦しい! なに!? 首が……。足……足……足が……。


 モーリの小さな体が揺れるのにあわせて、木のきしむ音が室内に響く。鈍い音に合わせて、モーリの口から短く高い音が鳴り、それが一定の間隔で繰り返される。だが、彼の口からは空気が抜けるばかりで、息を吸うことはできない。顔が熱くなる。首に手を当てると、指にちくりとした感触。ササクレだった縄が首に巻かれていた。


 縄? なんで、首つり?


 手を縄の間に挟んで、自分の体を持ち上げる。縄の輪っかが大きかったおかげで、わずかに体が持ち上がる。思いっきり息を吸うことができたが、十歳になったばかりのモーリには、いつまでも体を持ち上げる力がなく、ゆっくりと首に縄が食い込む。


 このままじゃ死ぬ! ヤバい! 縄切らないと……。こういうときは……なにをなにをなにを――。


「……つ、よ火」


 かすれた声。それでも体内の魔力は動き、ひとつの現象を起こす。手の平から炎が現れる。


 あっち! あち!


 焦げた縄は、モーリの重さに耐えきれなくなってちぎれる。大きく息を吸うと、思わず咳き込む。


「な、なんでこんなことに……」


 床にゆらゆらと揺れる影が映る。黒い物体から四本の細い棒。まるで……。


 見上げると、先ほどまでモーリーを吊るしていた縄から煙があがっている。その横に、ある人物がぶら下がっていた。縄が前後に揺れているが、すでに体は動いていない。


「父さん! え! 母さんも。な、なんで首を」


 た、助けないと! まずは息をできるようにしないと! 持ち上げないと……お、重い。むり、ダメ。


 モーリーは父親・チャーリーの足を掴んで引き上げる。だが、すぐに力尽きて手が放れてしまう。チャーリーの首が縄に深く食い込む。乾いた音がして、首が曲がる。


 あ、これトドメさしちゃた……。まだ大丈夫! いまは二人を降ろさないと。使える魔法、使える魔法……!


「『開き』」


 スッとチャーリーと梁を繋いでいた縄が切れて、彼の体が床に落ちる。次に母親・フェリスの縄を、チャーリーにしたときと同じように魔法で切る。

 横たわる二人。チャーリーの顔を覗き込む。


 これ、息してないよな。目もガン開きだし……。まだ、間に合うよな……?


「『最高級の傷薬』」


 手が光りに包まれる。それが収まると、手にガラスの容器が現れる。いびつな形をした細長いガラスのそれは、緑色をして液体で満たされている。容器をひっくり返して、中の液体をチャーリーにかける。彼の体が光りに包まれて、首の位置が正常になり、縄の痕がなくなる。


 チャーリーが咳き込む。意識が戻ってないが、息をしている。


 よし! 生きてた。母さんにも!


 モーリーはもうひとつ最高級の傷薬を出して、母であるフェリスに浴びせる。みるみる首の紫色が消えて、ゆっくりと胸が上下する。


「……これで」


 床に座り込む。ふと、焼け焦げた匂いが鼻につき、首に痛みが走る。


 僕も怪我していたんだ。治しておくか。


「『傷薬』」


 光りがおさまると、手の中にガラス容器が現れる。先ほどの傷薬と違い、容器は青色の液体で満たされている。それをグビッと飲み干す。


「なんで傷薬なのに、味がポカリなんだよ。俺の生活魔法は本当不思議だよな」


 それに、なんで首つりさせられてんだよ。


 これまで自堕落な異世界生活送ってこれたのに……。


 目を覚ましたチャーリーとフェリスは、自分たちがなぜ生きているか分からない様子でぼうっと見つめ合っていた。天上の梁からたれる縄を見て、首をさすり、そうしてモーリーが立っていることに気づいた。するとモーリーを抱きしめ、ごめんよ、と何度も呟きながらさめざめと泣いた。

 二人が落ち着くまで、モーリーはなすがままにされていた。小さな手で、抱きついている二人の背中を交互にさする。手も疲れ、足が悲鳴を上げて立っているのがつらくなった頃、ようやく二人も落ち着いて、寝息を立て始めた。

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