第42話 虎視眈々≪こしたんたん≫
「ねえ、二子神くん、あなた、月≪ルナ≫くんでしょ」
優等生でいると、どうしてもストレスをため込んでしまう時がある。
そんな時、私、小石川華乃は優等生スイッチを一時的にオフにして、両親に内緒で羽目を外した。
ストレスを解消したら、またスイッチを入れて、何食わぬ顔で日常に戻る。そうやって、私は今日まで優等生を演じ続けてきた。
あの時もそうだった。
今から7年前、休日出勤して帰宅すると、妹が孫を連れて泊りに来ていて、父からこう言われたのだ。
「華乃も働いてばかりいないで、いい人でも探したらどうなんだ」
父の言い草に頭にきて、ナンパ待ちで夜の吉祥寺をふらふらしている時に、彼に声をかけられたんだった。
それまで十人くらいの男性とこうして関係を持ったけど、断トツで彼が最高だった。
この人とならもう一度会いたい、もしお付き合いできたらうれしいと思ったけど、あからさまに月≪ルナ≫なんて偽名を名乗られて、その気持ちが萎えてしまったのだった。
その月≪ルナ≫くんが今、こうして私の目の前にいる。
私はためらうことなく、スイッチをオフに切り替えた。
酔ったふりをして、月≪ルナ≫くんに腕を取られて店を出た。
あっちの大通りにでてタクシーを拾うわといって、わざとラブホテルのある道を通り、ホテルの前で歩を止めて淳史くんを見上げた。
彼の目の中に逡巡の色が見えた。ここで考える時間を与えてはいけない。私は強引に彼の腕を引き、門をくぐった。
部屋に入ると、すぐにベッドに向かった。
部屋のスペースの大半を占める大きなベッドを前に再び戸惑いを見せる彼。ここまで来て躊躇は無用と、私はすかさずベッドに乗り、眼鏡を外して髪を解いた。
「私に恥をかかせないで。来て、月≪ルナ≫くん」
ようやく覚悟を決めた彼は、慣れた手つきで愛撫をしながら私の服を脱がせ、いつの間にか自らも裸になると、私を抱いた。
記憶だけではない。私の身体も月≪ルナ≫くんを覚えていた。
7年ぶりに身体を重ねた彼はやはり最高だった。私は、あの時と同じように導かれ、同じように果てた。
シャワーに立とうとする彼の腕を取って、おねだりをした。
「ねえ、もう一回、いいでしょ」
ホテルを一歩でたら、私はもう一度、オンのスイッチを入れる
「どうせ明日からは、また普通の上司と部下に戻るんだから」
「本当にそれができますか。織姫さん。あなたに」
ああ、この感じだ。あの時、私が最高だと思った月≪ルナ≫くんだ。
あれ、織姫は月≪ルナ≫と偽名を使われたときに、とっさに名乗った名前だ。
月≪ルナ≫くんは私のことを覚えていた?
ううん、そんなはずはない。居酒屋で月≪ルナ≫と名前を呼んだとき、彼は本気で驚いていた。
私の身体が彼を覚えていたように、彼の身体も私を覚えていた?
ああ、そうか、7年前も、逝く時に、彼の胴を思いっきり足で締めちゃったんだ。彼、本気で苦しがっていたっけ。
それって私が月≪ルナ≫くんを欲して我慢できなくなるって意味?
ううん、きっと大丈夫、私はずっとこれでやって来た。明日からは難なくスイッチを入れてみせるわ。
「いいから、もう一回、して」
私は、強引に彼の腕を引いて、私の身体の上に誘った。
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