第41話 眼鏡課長

「ねえ、二子神くん、あなた、月≪ルナ≫くんでしょ」

 華乃さんの背後に、ピンクのオーラが舞った。




「たまには付き合ってくれない?」


 夕方、仕事の打合せを終えたタイミングで、俺、二子神淳史は、小石川華乃≪こいしかわかの≫課長に声をかけられた。


 小石川華乃さんは、今年の四月の異動で俺の直属の上長になった。年齢はおそらく三十台半ば、合理的で堅実な判断を下すが、決して堅物というわけではない、上長としては付き合いやすいタイプに入るだろう。加えて眼鏡美人でもある。

 

 基本的に会社の人とはプライベートな付き合いをしない主義だが、一度くらいは課長と飲みにケーションをということで、ご相伴にあずかることにした。

 

会社近くの洋風居酒屋で、とりあえずナマで乾杯した。


「上司らしいことがあまりできてなくて、いつも申し訳なく思ってるのよね」

「そんなことないすよ。自分勝手な僕をしっかりサポートしていただいて、いつも感謝してます」


「お客さんからも二子神くんの方が信頼されてるし、私はあまり出しゃばらない方がうまくいくかなと思っちゃうのよね」

「いつも的を射たアドバイスをいただけて、すごく助かってます」


 ナマがボトルの白ワインに変わる頃には、話題も仕事からプライベートに移り、かなりフランクな雰囲気になった。


「私のこと、面白味がない女と思っているでしょ」

「いえ、そんなことは。良い意味で良識的な方とは思いますが」


「小さい頃からずっと優等生だったのよね。学校の成績もよくて大学も第一志望に現役合格、親の期待に応え続けて来たわ。ところで二子神くんは、兄妹はいるの」


「ブラコンの姉が一人います。今は海外にいるので、ここ数年会っていませんけど」


「そう、私には三つ違いの妹がいるけど、これが私と真逆の奔放タイプ、高校生の頃から男を作って遊び歩いて、いつも両親ともめてた」


 家族の話になって、課長の話が急に熱を帯びてきた。

「それが、できちゃった婚で今や二児の母。両親はもう孫を猫かわいがりで、妹の評価は手のひらを返したようにうなぎ登りよ。身体使って男捕まえただけのくせに!」


 課長がおつまみのフランクフルトソーセージをフォークでぐさりと突き刺した。


「何よ? どうせ二子神くんには、私なんて、女性として映ってないんでしょ」


「そんなことないっすよ。年上美人の眼鏡女子、俺は大好物ですよ」


 課長が愚痴を止めて、じーっと俺を見つめた。

「うん、その言い方、この雰囲気、やっぱりね」


「え、何がやっぱりなんですか」


「ねえ、二子神くん、あなた、月≪ルナ≫くんでしょ」


 月≪ルナ≫は俺が遥さんに振られて自暴自棄になっていた大学一年の頃、ナンパするときに名のっていた名前だ。


「やっぱりそうなのね。ということは、あの時、あなた、未成年だったのか。びっくりだわ」


 え、え、ということは、昔、俺はこの人と、身体の関係を持ったことがあるってこと!?



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