第7話ねぎ

 今日の夕餉は寿司(某有名倉庫型スーパーのもの)をとったので野菜は控えめである。食卓に並んだのは軽いサラダくらいで印象が薄い。それよりは鉄火巻きにそっと入り込んでいたねぎの方が断然美味かった。私は、あの林檎と蜂蜜がとろーり溶けてるカレーの中辛が最終防衛ラインという、刺激物耐性がミジンコ並みの男だが、薬味は割と好きだ。ねぎや紫蘇、梅干しなど、もちろん平時でも好きだが、夏場の食欲が消え失せた時期には素麺とともに世話になった。まあ最近はやっと涼しくなってきて、食欲が出てきたので一安心であるが。天高く馬肥ゆる秋というやつである。


 さて、一応この『赤茄子草子』は何か書きたい小説のアイディアを思いついたとき以外は隔週更新でいこうと夏休み明けから密かに決心したのだが、先週はほとんど何も書いていないのにもかかわらず投げ出してしまった。下手な文章かもしれないがそれでも私は楽しんで、そしてより上手くものを書けるようになりたいと悩みながら、これを執筆している。でも先週はそうしなかった。何故か。答えは簡単だ。全てをすっぽかすほど面白い本に出会った。以下私との馴れ初めがつらつらと。


 きっかけは友人の紹介だった。彼はこのアカウントを知っている唯一の現実リアル友達で、良き小説仲間でもある。私の方が所謂文芸に詳しく、彼はラノベやアニメに精通している。ネット小説を書くにあたって両者とも必要な知識だと思っているので、お互いが助言をしあう、持ちつ持たれつの関係である(と、少なくとも私はそう思っている)。

 そんな彼が二、三か月前に薦めてくれたのが、その作品を原作としたアニメである。主人公であるニートの主人公が、異世界に転生して前世の反省から立派に大成するという、某ネット小説最大手のサイトの代表作である。え?その型の作品が多すぎてわからない?十年ほど前に完結した、一番最初のやつだ。ええい、まどろっこしい。カクヨムだからって遠慮するか、『無職〇生』だ!

 話の方向をもとに戻そう。私は当初、ほとんど触れてこなかったなろう系を食わず嫌いしていた。だって図書館にないし。星新一大先生を崇める身としては一作が長すぎたし。

 そんなこんなで友人が熱心に進めるのをのらりくらりと躱していた。の、だが。夏休み直前に流行り病でぶっ倒れて、でも療養期間が明ける前に熱が引いたので暇潰しにアニメを見た。面白かった。ライトノベル原作特有の、素早い場面展開。主人公の成長、でもそれは前世の記憶ありきだよな、という葛藤。剣と魔法の世界で冒険。可愛いヒロインたち。見ている間は、肺に穴を空けそうな勢いの咳も止まっていた、という表現もまるきり嘘にはなるまい。とにかく、夢中になった。

 だがまだそれは、当時私の中ではただの「綺麗なアニメ」の一つに過ぎなかった。でも九日前、その考えは打ち砕かれた。なんのきまぐれか、ふらっと例のサイトを訪れた時に。確かその時は、別の友人に頼まれて図書委員会の仕事を代わってやっていた。といっても、図書室の片隅のカウンターの中に座っているだけ。急な申し出であったため暇潰しの本を持ち合わせてはいなかった。先生の隙を見て本棚から適当なのを見繕ってきてもいいが、私はそこでふとノートパソコンを広げてみたのだった。

 ブラウザに作品名を入れるとすぐに見つかった。クリックして、後はネット小説特有の空白の多い文章を追う。すぐに夢中になった。展開が速い。アニメで見た時より遥かに速く感じる。すいすい読めるのに、内容は濃い。よくこれをアニメにまとめたな、と名前も知らない脚本家の腕のよさに唸る。そしてもちろん今では名前をすっかり憶えてしまった作者の方にも唸る。とにかく作品の発する魅力が半端ではない。途中から、自分がこの文章を読んでいるのか、それともこの文章が自分に自らを読ませているのか、分からなくなってしまった。十年と少し前にはネットの海にこんな文才のある人物が転がっていたのか。いや、案外今も少なくないかもしれない。末恐ろしきかな、インターネット。

 具体的な内容は書かないが、とにかく作品に入り込んだ。読み終えた後も、そのことで頭がいっぱいだ。少しでも時間ができたら続きを読む。朝も、休み時間も、放課後も、夜も。部活以外のおおよその自由時間、ひたすらに読んでいた。気づいたら、かなりの長編に感じたその物語の八割が、私の頭の中に注ぎ込まれていた。もう少しで読み終わる。結末を知ることができて嬉しい半面、あの手に汗握る冒険譚が終わりを迎えてしまうのが悲しい。現在は、そんな気分だ。無論、私水準レベルの読書家になると、最早それも心地いいのだがね。えっへん。


 と、こんな調子なので隔週更新の決断を放り投げる程の熱意は十二分に伝わったと思う。……はて、そういえば、前にもこんな気分になったことがあったな。あれは確か、小学五年生の時のことだろうから、もう五年以上前の出来事になるか。

 当時母親は、PTAの業務の一つとして図書整理をしていた。昨今外部委託だなんだという声が大きくなっているが、今も続いているのだろうか。それはともかく、本人はお喋りを楽しんでいる様子であった。ある日、彼女は重そうな紙袋を引っ提げて帰宅した。何でも、息子が大きくなってもう読まないが、保存状態がよく捨てるに忍びない児童文学をママ友が譲ってくれたそうだ。当時の私は現在よりも酷い活字中毒者だったので、そのことを母親が雑談の一つとして伝えたのだろう。私は目の前に、大量の未読文字列の塊がある事実に小躍りするほど喜び、さっそく読み始めた。そこから先は前述と同様の流れだ。確か二週間程で全十二冊読み上げたと記憶している。作品名は『ダレン・シャ〇』。完全な自慢になるが、ハードカバーの写真をネットで検索してみてほしい。二冊も重ねれば立派な鈍器になるようなのが見つかるはずだ。今より自由時間が多かったとはいえ、あれを十四日で読み終えるのは怪物だと思った。


 日記といいつつただのオタク語り。満足はしているが一応今日の出来事も記しておくか。遠くに住む祖父がやってきた。中間テスト前にもかかわらず本屋に約二時間費やした。中間テスト前にもかかわらずそこで買った漫画を読み漁った。中間テスト前にもかかわらず無〇転生を読み漁った。中間テスト以下略。じゃあ私は続き読んでくるから。よい週末を。


 

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