第2話

 「ねぇねぇ、おかあさん、あそぼうよ!」


 ……誰だ? 子供の声がする……。


 「ふふふ、そうねぇ、じゃあ何して遊びましょうか」


 「! ねぇねぇ、あのね、ぼく、おそとにいきたい!」


 この声は、聞き覚えがある……。


 そうだ、懐かしい、あの声。


 母さんの声だ。でも、なぜ?


 母さんは、俺が子供の頃に、死んだはずじゃ……。


 「まぁ、お外はだめよ、危ないわ」


 「どうして? どうしておそとはあぶないの?」


 ああ……、そうか、これは記憶だ。


 俺の、子供の頃の記憶。


 「今は春でしょう? だからなの。春の季節は、妖怪が集う季節なのよ」


 「ようかい? それなぁに?」


 妖怪……、聞いたことがある。確か、それは人を襲うモノ。


 「妖怪はね、人間を襲うの。特に、子供が大好きでね、狙った子供をさらうのよ」


 「じゃあ、悪いの?」


 「……そうね、悪い妖怪もいるわ」


 あぁ……、母さん。なぜ、母さんはこの時悲しそうな顔をしたんだろう。


 なぜ、今この事を思い出したんだろう。


 不思議だ。胸がざわめく……。


 母さんの顔はもう思い出せない。記憶の中の輪郭がぼやけて見える。


 声だけは、覚えている。


 記憶が、薄れていく。記憶が、ぼやけていく。


 声が、聞こえなくなっていく。


 目の前が、闇に飲み込まれていく。闇の奥で、何かが光っている。


 それは、一筋の光。段々と、光が闇を飲み込んでいく。


 光が、広がっていく。




 ……なんだ?なんだか、やけに浮遊感が……


 目を開けると、水の中にいた。 


 え? え? は? なんで??


 なぜかを考える暇もなく、口が息を吐き出す。


 その瞬間、はじめて苦しくなった。体が酸素不足を起こしていて、このままだと溺れることは理解できた。


 俺は力が入らない体に鞭を打って、泳ぐ。しかし、パニックを起こし、なかなか泳げない。


 やばいやばい! このままだと死ぬ! 冗談抜きで死ぬ! どうしようどうしよう!


 必死にもがき、なんとか水面に出ようとすると、あることに気づいた。


 ん? あれ、そういえば足がつく?


 おそるおそる立ってみると、案外浅かった。


 は? え、俺、こんな浅いとこでもがいてたの? 恥ず! 恥ずか死ぬ!


 やや顔が熱くなってくるのがわかる。それを抑えようと、手で顔を仰ぐ。


 うわっ、水しぶきが目にーっ!


 少し目をこすり、はっと思い出したように周りを見る。


 「……森?え、森?なんで??」


 確か、俺は学校からの帰り道にいたはずじゃあ……?


 裏通りを走って、それから、急にめまいがしたんだ。立ちくらみもして……、そしたら落ちたような……?


 でも、あそこ普通にアスファルトだよな? 急に落ちるわけないじゃん?


 そういえば、なんか夢を見てたような気がする。何だったっけ……?

 

 ぶるっ


 寒い。そうか、暖かいとはいえ、まだ春なんだ。ていうか、普通にこのままじゃ風邪をひく。


 水から上がり、辺りを見回す。


 「やっぱ、森だな。いつ見ても、森だ」


 うーん、困ったな。どうしろってんだよ!?はぁ……、どうしよう。うーん、ん?


 「あ、あそこに洞窟がある。まあ、外よりかはマシだろ」


 洞窟に行こう。俺は洞窟へと歩みを進める。しかし、洞窟へ行ったのが運の尽きだった。


 洞窟に行ってみると、そこには何やら人がいた痕跡がそこかしこにあった。中にはナイフやら斧やら、武器が散乱していた。武器は手入れされているのか怪しいくらい刃こぼれしている。


 これに、イヤな予感を覚える。すぐさま逃げようと振り返ったら、


 いた。


 「おい、誰だよテメェ!!」


 そう言って威嚇してくるのは、どこからどう見ても山賊だった。


 リーダーらしき山賊が俺に怒鳴ったんだろう。その後ろにも何人かいた。しかし、リーダーらしき山賊とは違い、なんだか雑魚そうに見えるのは俺だけなのか。


 ともかく、やばい。どう考えてもやばい。


 俺は危害を加えないと示すために、両手を遠慮がちに上げる。たぶん、顔は引きつっているのだろう。呼吸をするたびに、かすかな音が漏れるのが分かる。心臓がばくばくうるさい。


 「ん?テメェ、よく見たらいい顔してんじゃねェかよ」

 

 リーダー格はそう言って、ニヤニヤ笑う。後ろも同じようにニヤニヤしている。これが、とんでもなく気持ち悪い。と、そんなことを考えていたら、いきなり俺の手首を掴んだ。力が強く、俺なんかじゃ敵わない。


 「よーし、コイツは奴隷として売ろうぜ。いい顔してるから高ーく売れるだろうなァ」


 あ、やばい。終わった。

 

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