第19話 『裏ボス』の参加表明

 心地良い疲れを体中に感じながら街を歩く。何だかいつもより騒がしい気もするが、それすらも今は好ましいものに思える。

 PvPこそできなかったが、今日行った狩り場は丁度良い歯応えだった。

 パーティーを組んだ連中も上手いだけでなく、礼儀も正しかったので気持ちよく戦いに没頭できた。


 それに加えて、気になっていたタクローたちのことが解決したこともある。

 あの後、詰所で運営サイド――運営そのものではなく、トラブルを起こしたり、巻き込まれたりしたプレイヤーをサポートする相談役のようなもの――との話し合いをした結果、プレイスタイルを変えることはできないという結論に至ったタクローは、『神殿騎士団』に入ることになった。


 神様はともかくそこで『秩序の担い手』という称号を得ることで、国を問わず無法者――NPCの悪党からマナーの悪いプレイヤーまで――を捕らえたり、場合によってはその場で処罰したりできるようになるらしい。目下その称号を得るために猛特訓中、ということだ。


 パーティーメンバーであるユキと雨ー美はその協力者という位置付けになるようだ。

 そして衝撃の事実が発覚。神官の格好をしていた雨ー美だが、実は『神殿』とは無関係だった。

 確かに回復魔法は魔法スキルの一つではあるのだが、よく今まで不敬だの何だのと文句を付けられなかったものだ。


 そんなこんなで気分よく街に帰ってきた俺はログアウトするために宿へと向かっていた。


「しまった。そろそろ武具の手入れをしておく時期じゃないか」


 思い出せたのは幸運だった。多少ログアウトの時間が遅れてしまうが、仕方がない。

 何の自慢にもならないが、俺は忘れっぽいところがある。次回ログインした時に思い出せるかどうか分からない。

 狩りやクエストの最中に耐久度がなくなり性能が低下、なんてことになったら洒落にならないからな。今の内に手入れしておく方が安全だろう。


 そうと決まれば方向転換して馴染みの鍛冶師の工房へと足を向ける。


「邪魔するぞ」


 声をかけて中に入るが、誰もやってくる気配がない。まあ、これはいつものことなので気にしない。

 そのまま作業場である奥の部屋へ向かう。


「材料は持ち込みます。それでもダメですか?」

「悪いが、それでもかかる時間はそれほど大差がない。それに横入りを許したと知られたらこっちの信用がなくなっちまうんだ」


 そこでは工房の主人であるロイが客らしき男と何やら話しこんでいた。

 揉め事か?それとも交渉が難航しているだけなのか?どちらにせよいきなり介入せずに少し様子を見てみる方が良さそうだ。


「二カ月、いや一カ月待ってくれるっていうなら、あんたの依頼を受けられるが、それほど時間がないんだろう?」

「そうですね。……無理を言ってすみませんでした」

「こっちこそ受けてやれなくて申し訳ない」


 小さく頭を下げると、気落ちしているのか男は俺に気付くことなく出ていってしまった。


「やれやれだな……」

「材料持ち込みなんていう割のいい仕事を蹴るとは珍しいな」


 少々疲れたような顔つきになっているロイに冗談めかして話しかける。


「バックス、来ていたのか……」

「武具の手入れを頼みに来たんだが……。忙しいのか?」

「修繕なら大した手間でもないから問題はない。さっさとやっちまうから出してくれ」


 言われるままに担いでいた戦斧を渡すと、続けて鎧を外していく。

 実装備品の着脱は操作画面で簡単に行うこともできるのだが、こうして一手間かけた方が違和感を覚えずにプレイすることができるということが判明している。

 体に合わせて装備する、ということを考えれば納得できることなのだが、『アイなき世界』の妙なこだわりを感じさせる点でもある。


「それにしても儲かっているみたいじゃないか」

「うちだけじゃねえよ。今は古都中の鍛冶屋がこんな調子だ」


 先ほどの一件を思い出し、修繕中のロイに尋ねてみると、そんな答えが返ってきた。


「古都中が?何かあったのか?」

「何だお前知らないのか?なんでもあるテイマーの冒険者がテイムモンスターにも武具を装備させられることを発見したとかで、それ用の装備の制作依頼がひっきりなしにきているんだよ。俺も一月後、いや鍛冶組合からの依頼の品もあるから下手をすれば二月先まで仕事が埋まっちまったぜ」


 それは何とも御愁傷様な話だ。


「しかし、今まで誰も気が付かなかったというのはおかしくないか?」


 ゲームの開始からそれなりの時間が経っているし、イベントキャラ的な立ち位置ではあるが、NPCの中にも冒険者は存在しているのだ。

 アップデートという可能性もあるが、かなり大きな仕様変更であるためオンメンテでの実装は難しいだろう。

 何より秘密にしておく理由がない。


「装備の必然性が感じられなかったから、じゃないか」

「どういうことだ?」

「わざわざテイムするんだ、普通は強い魔物にするだろう」


 なるほど。同じテイムするのであれば弱い魔物ではなく、強い魔物を選ぶのは当然のことだな。

 そして元々強いから、装備品で補強してやる必要もなかったということか。


「そうなると、これに気が付いたテイマーのプレイヤー冒険者というのは、随分と弱い魔物をテイムしたことになるな」

「ああ、それなんだが、ワイルドボアの子どもらしいぞ」

「ワイルドボアの子ども、というとウリボウ?それじゃあもしかしてそのテイマーっていうのは『ウリ坊ちゃん』か?」

「なんだそれ?」

「最近有名になったプレイヤー冒険者のあだ名だ。常に二匹のウリボウを連れている子なんだが、見たことないか?」


 首をかしげるロイ。プレイヤーの行動範囲はある程度決まってくるから、こちらの方には来ていないのかもしれないな。

 そんな雑談を交わしている間に修繕が完了したようだ。


「さっきも言ったが修繕くらいなら大した手間じゃない。こっちの仕事のことは気にせずにいつでも顔を出せよ」

「ありがとうよ。俺としてもなじみのお前にやってもらえたほうが安心できる。仕事が落ち着いたら飲みにでも行こうぜ」


 互いに「お前の奢りでな!」と言い合ってから、ロイの工房を後にする。


 それにしてもテイムモンスター用の装備品か。

 テイマーやサモナーのプレイヤーとはPvPにならない――俺の好みの問題で――から気にしていなかったが、少し情報を集めておく方が良いかもしれないな。

 そう思って、テイマー関係の掲示板を開く。


「ラーメン?間違えてグルメ関係を開いたか?」


 確認してみるが、やはりテイマー掲示板のようだ。

 どういうことだ?

 と読み進めてみると『ウリ坊ちゃん』のテイムモンスター用の装備品を作るのに必要なものらしい。さらに読み進んでいくと情報の募集や、材料集めのための協力者も募集していた。


「面白そうだな」


 最近はPvPの相手も見つからず、ログインしても楽しめないことも多かった俺は、すぐに「腕にはそこそこ自信がある」と書き込んだのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る