第11話 古都のある一日 後編
「何をやっているんだ、あいつらは……」
騒ぎを起こしているプレイヤーの前に現れたタクロー立ち三人を見て、俺は思わず頭を抱えたくなってしまった。
確かにあいつらの取っている行動は正しく、褒められて推奨されるべきものだ。
しかし残念ながらそうした正しい行動が常に良い結果となる訳ではない。
この『アイなき世界』においてもそれは同様だ。
特にタクローたちが相手取った連中のような、その場のノリと勢いだけで行動している手合いに限って面子だの何だのを気にする傾向がある。
そして面子を潰されそうになっていると感じる――あくまで向こうの主観によるもの――と、躊躇わず暴力を振るい始めたりする。
更に逆恨みも得意なので、下手をするとリアルの生活にも危険が及びかねない。
そういう訳で、ここは次善の策にはなるが、運営へと通報して対応してもらうのが妥当なラインだろう。
実際『公式』の問題対処マニュアルにも、無理に時自分たちだけで解決しようとはせずに運営に連絡するようにと記載されている。
だが、事ここに至ってはそれも難しい。
騒いでいたプレイヤーの一人が、
「なんっだてめーっは!偉っそうにしゃしゃり出てきてんじゃねーっよ!」
と今どき三下のチンピラでも言わないような台詞を吐いて息巻いている。
まあ、やらないよりはマシかと考え直し、俺は第三者視点で今の状況を書き記すと、運営への緊急メールとして送ることにした。
そうしている間にも事態は動いていく。
「女の前でカッコつけようとしたのか?俺はそういうやつが大っ嫌いなんだよ!」
別の一人が前に出てきたかと思うと、いきなりタクローに殴りかかる。
ふむ。現実であれば見事に奇襲成功となったのだろうが、生憎とここは『アイなき世界』であり、その相手は俺と散々PvPを繰り返してきたタクローだ。
ひょいと軽く避けると、伸びた腕を掴んで後ろに捻り上げる。
刑事ドラマなどでよく犯人がやられているあれだ。
よく使われるというのは、それだけ効果が高いことを意味している。
嘘だと思うなら背中に回した手をもう片方の手で引っ張ってみるといい。どれほど痛いのか簡単に体験できる。
ただし、それで怪我をしても当方は一切の責任を負いませんのであしからず。あくまで自己責任で試して欲しい。
「痛てててててて!!!!」
街中なので痛みは感じないはずなのだが、現実でやられた時の記憶によるものなのか悲鳴を上げる奇襲男。
ちなみに痛みはないが、腕を掴まれているので行動には制限がかかる。
さて、残るプレイヤーたちはあっさり仲間がやられてしまい、完全に引くに引けない状態になってしまったようだ。
先ほどまで以上に剣呑な雰囲気を醸し出している。
これ以上はいくらレベルに差があるとは言ってもタクロー一人では厳しいか?
それに雨ー美やユキが狙われるのを黙って見ているというのも寝覚めが悪いものがある。
周囲の野次馬をかき分けて前に出ようとした時、奴らはやって来た。
「我々は警護隊だ!騒ぎを起こしているのはお前たちか!」
自体が大きくなる直前に現れたな。
どこかで登場する機会を見計らっていたんじゃないのか?そう邪推してしまうくらい絶妙なタイミングだった。
十人という大所帯だから、数を集めるのに時間がかかっていたのかもしれない。
さすがに三倍以上の人数差を相手に同行しようとは思わなかったのか、元凶のプレイヤーたちも大人しくなっている。
一人、腕を捻りあげられていた奇襲男だけは悔しそうにタクローを睨んでいたが。
「詳しい話は詰所で聞く。全員ついて来てもらう」
しかし、隊長らしき人物のその一言で再び場はざわめきだす。
「俺たちは何もしちゃいねーよ」
「そうそう!いきなりそいつらが絡んできたんだぜ」
この期に及んで誤魔化そうとし始める三人。顔色も青ざめている。
今更になって、ゲームの世界に浮かれて羽目を外し過ぎていたことに気が付いたようだ。
しかしやったことはなくならない。これだけ騒ぎになったのだ、スクリーンショット付きで運営に通報した人もいるだろう。
「言い訳は詰所でしてもらおうか。これ以上抵抗するならこちらにも考えがあるぞ」
そう言って腰の佩いた剣の柄に手を添える警護兵たち。
一方、タクローたちの方も揉めていた。
「だから!どうして私たちまで詰所に行かなくちゃいけないのよ!」
「私たちはあの人たちが暴れているのを止めに入っただけですよ!」
おおう。女性陣二人がエキサイトしている。
いくら警護隊でも後からやってきておいて問答無用で「ついて来い」と高圧的に言われたら反発したくもなるわな。
そうした態度にも理由があるのだが、当事者となっている彼女たちにそれを分かれというのは酷なものがあるだろう。
そして周囲で見ていた人たちも彼女たちの加勢を始めだした。これはまずい。
「三人とも、今は警護隊の人たちについて詰所に行って来い」
「バックスさん!?」
三人からすれば突然の登場のように思えたのか驚いていた。
同時に周囲の野次馬から「バックスってPvPマニアの?」とか「『クエストの裏ボス』……」といった呟きが聞こえる。
……知らない間に不名誉な二つ名が付いているようである。
「何を言っているのよ?事情も知らずに――」
「事情なら理解している。お前たちが来る前から見ていたからな」
雨ー美の言葉を遮るように告げる。すると、
「店の人が困っていたのに、どうして見ているだけだったんですか!?」
それまで女性二人を抑える側に回っていたタクローが俺に詰め寄って来た。
「プレイヤーの起こした騒ぎに顔を突っ込むようなことはしたくないからだ」
「だからどうして!?」
「恨まれたくないからだ」
「そんなの、ゲームの中だけの話――」
「だと思っているのなら、考えを改めた方が良い」
「え?」
タクローは何を言っているのか分からない、という顔をしている。
「確かにここはゲームの中だが、リアルと無関係という訳じゃない。こっちでやられたことの仕返しをリアルでしようとする奴もいるんだよ。しかも何倍にもしてな」
途端に周囲がざわつきだす。おいおい、誰も気が付いていなかったのか?
「タクロー、お前ユキや雨ー美、それにリアルの家族や友達のことを考えていたか?下手をするとそういう人たちにまで害が及ぶ可能性があるんだぞ」
こいつは熱血漢なところがあるからな。ほとんど無意識の内に飛び出していたんだろう。
タクローはショックを受けたように俯いている。
それを心配そうに見つめる女性陣二人の顔色も悪くなっていた。
少しきつく言い過ぎたか。
「さっきの奴らがそこまでするとは思えないが、詰所には運営が常駐しているという話だし、色々と相談に乗ってもらっておくといいだろう」
「はい……」
小声で返事をするタクロー。
「お前がやったことは凄いことだ。誰にでもできることじゃない。だからあまり気を落とすなよ」
「そうだ。カッコよかったぞ!」
「ありがとうございました。お陰で助かりました」
俺の言葉に周りの野次馬たちもタクローたちを誉め始め、店員も礼を言っている。
そんな人々にタクローたちは一礼してから、残る警護兵と共に詰所へと向かって行ったのだった。
それにしても、良いことをしても結局これだ。ゲームなのに何とも世知辛い世の中だ。
「ぐあー!むしゃくしゃする!誰か俺とPvPを……」
振り返った先には一人のプレイヤーもいなくなっていた。
本当、世知辛い世の中だぜ……。
◇ 補足 ◇
警護兵がタクローたちにも高圧的だった理由は、
「偉そうに登場したのに、怒られてるぜwザマアww」
と思わせることによって、本文中で書いたような仕返しをする気を起させないようにするためです。
要はヘイトをプレイヤーではなくゲームや運営に向けさせるため、ということになります。
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