第10話 古都のある一日 前編
「エナムさん、こんにちは」
入口から聞こえてきた声に顔を上げると、そこには見知った冒険者たちがいた。
「おお、タクロー君たちか。久しぶりだな」
丁度一息入れようと思っていたところだ。上客である彼らとの会話であれば、妻も作業が途中であることに文句は言わないだろう。
「店にはよく来ていたんですよ。ただエナムさんが不在の時とか休みの時にばかり来ちゃっていて」
「そうなのかい?それじゃあ妻には会っていたのかな?」
「はい。オリビアさんは奥ですか?」
「ああ。アルコースの店にユキちゃんや雨ー美ちゃんみたいな若い女の子たちがよく来るようになったから、うちでもなにか女性向きの商品を置こうかと思ってね。その下調べをしてもらっているよ」
俺の台詞に女性陣二人の眼が輝きだす。
「どんな物を置く予定ですか?」
「香水なんてどうかと考えているんだけどね。良かったら相談に乗ってやってくれないかな?」
「ぜひ!やらせて下さい!」
予想以上の食いつきに戸惑いながらも二人を奥へと通すと、さっそく妻と相談を始めていた。
「忙しいところをお邪魔しちゃってすみません」
「いやいや、気にしなくていいよ。一人でやっていると煮詰まってきてしまうからな。ああやって楽しみながらやった方が案外上手くいくものさ」
タクロー君の謝罪に笑って答えてやる。
彼は少し真面目すぎる所があるな。まあ、別に不快な訳ではないし、性分というものはそうそう変えられるものではないからな。わざわざ指摘する必要もないだろう。
「それにしても俺が店にいない時、ということは夜時間に動くことが多かったのかい?」
一日中明るいとは言っても時間の概念はある。
そのため、大多数の人が活動する時間を『昼』、休息する時間を『夜』と言い表している。
しかし冒険者は活動時間が不確定な者が多く、そんな冒険者を相手にしているうちのような商店は人を雇ったり、交代したりして一日中店を開けているのである。
「そうですね。自分たち以外の人たちと一緒に動くことが多かったので、どうしても時間を合わせる必要があったんですよ」
「そうか。何にせよ体が資本だから、無理はしないようにな」
「ありがとうございます」
「それでも無理をしなくちゃいけない時には、この体力回復薬なんかがお勧めだぞ」
「そこから売り込みに入れるエナムさんは凄いと思いますよ……」
苦笑しながらも財布を取りだすタクロー君に金額を伝える。
「……継続回復効果が付いていてその値段は安すぎませんか?」
「実は新商品で、後で感想を聞かせてもらうつもりだったんだ。一応正規の売値はその倍を予定しているよ。……しかし、冒険者というのは凄いな。見ただけで薬の効果が分かるんだから」
薬の効果を言い当てたように、冒険者には不思議な力を持つ者が多い。それと、魔法特性持ちが多いというのも冒険者の特徴だ。
そういえばタクロー君の連れのユキちゃんは魔法使いで、雨ー美ちゃんは僧侶だったか。伸びしろが期待できそうなパーティーだ。
できれば懇意になっておきたいものである。
と、褒める俺の言葉に照れていたタクロー君の顔が急に引き締まる。
「タクロー」
店の奥で妻と話していた二人も戻って来る。
「どうしたんだい?」
「あ、
尋ねた俺に、ユキちゃん代表してが答えてくれる。
「ああ。冒険者カードを経由して情報が送られてくるっていうやつか。噂には聞いたことがあったけど初めて見たな」
感心している俺の横で、タクロー君たちが顔を見合わせていた。
「エナムさん、すみませんが、ちょっと見回ってくることにします。この街にもマナーの悪い冒険者がいるかもしれないので」
確かにこの古都ナウキには新米冒険者たちが集まる傾向がある。騒ぎを起こす輩がいてもおかしくはないだろう。
「気を付けてな。危ない奴は警護兵に任せるんだぞ」
モンスターと違って、人間は何をしでかすか分からないところがある。冒険者であっても用心するにこしたことはないだろう。
「またいつでも顔を見せに来てくれ」
と、俺が言い終わらない内に、タクロー君たち三人は街の中心部へと向かって走りだしていた。
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「うん?」
何やら騒がしい物音に足を止めて周囲を見回していると、ある店先がその出所だと分かった。
「ちょっと!お客さん!止めて下さい!」
「うるせえな!いいじゃないか!どうせ壊れたりしないんだからよ!」
「すげえ!ホントに何やっても壊れないぜ!」
「それにこっちの手も痛くねえ!」
どうやら『アイなき世界』を、いや、VR型のゲームをやり始めたばかりの連中が調子に乗って騒ぎを起こしているようだ。
実はVR技術がゲームに導入されてからの歴史はそう長くない。
それというのも、その有用性から技術者が様々な分野に引っ張りだこになっていたからだ。
医療分野などその最たるものだろう。患者のリハビリから、医師の訓練までVR技術によって大きな発展を遂げている。
そんな感じで日常生活においてVR技術に触れる機会自体は多いのだが、それはあくまでも現実に沿うように設定されている。
対してゲームの場合、そういった束縛から解き放たれている部分がある。
その一つが今、新米プレイヤーが騒ぎを起こしている原因となっている『非破壊設定』だ。
恐らく最初は手で軽く叩いたりしていたのだろうが、店の前に置かれた机や商品が何をやっても壊れないことに興奮してしまい、やることが段々と派手になってしまったのだろう。
ふむ。これだけの騒ぎだ、じきに警護兵がやって来て取り押さえられるだろう。
ああいう輩は何をするか分からない怖さがある。
ゲーム内で粘着される――それも嫌なものがあるが――ならまだしも、現実の方に報復しに来られたら堪らない。PvPは好きだが、リアルで殴り合いなんて真っ平御免だ。
運営の方にも連絡がいっているだろうし、対処は任せておく方が良いだろう。
「そこの三人!今すぐ暴れるのを止めろ!」
俺がそう結論付けたところで、周囲の人垣を割ってやって来た者たちがいた。
それは俺も良く知っている人物、タクローと雨ー美、ユキの三人だった。
◇ 裏話 ◇
四話の時点で気付いていた人もいると思いますが、エナムはNPCに該当します。
そんな彼視点のお話がある、というのは実は……ウワナニヲスルヤメロ。
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