第9話 『無限弾』の行方
『無限弾』効果付きの矢を開発して師匠の工房を訪ねてから二日後、僕と師匠は街の『商業組合』の建物の奥にある会議室にいた。
そこには商業組合の組合長を始め、武器に防具、道具の各部門長に、珍しいところでは冒険者に素材収集の依頼を出している資源部門の長や、商品の流通管理をしている流通部門の長と勢ぞろいしていた。
他にもこの街で活動しているなら、一度は耳にしたことがあるだろう有名なNPCのクリエイターたちという錚錚(そうそう)たる顔ぶれも集まっていた。
古都ナウキは帝国領内にあるが独立した自由都市であるため、こうした組合や実力を認められた個人が結構力を持っているのだ。
そんな人たちが皆一様に難しい顔をしていた。
そしてわずか二日でこれだけの人たちを集めることができた師匠も、そうした力のある個人の一人なのだろう。
「そういう訳で、これは俺たちだけで方が付くが付く問題じゃないと判断して、皆に相談することにした。迷惑をかけて申し訳ない。それと、こいつは決して皆の生活を台無しにしようと、これを開発した訳じゃない。それだけはどうか分かって欲しい」
僕も師匠に続いて会場にいる人たちに向かって頭を下げる。
師匠はあの日言った通り、僕だけが非難されることのないように心を配ってくれていた。むしろ今も前に出てそうした苦情から守ろうとしてくれている。
それだけで十分だ。
僕は一歩前に出て言った。
「矢の製作に関しては僕に全ての責任があります。疑問点があれば言って下さい。できる限りは答えるようにします」
胸を張って前を向く。
いつまでも泣いてばかりはいられないのだから。
「それじゃあ質問をしてもいいかな?」
重苦しい空気を押し退けて、通りの良い声が聞こえてくる。
「何でしょうか?」
向き直ると、そこにいたのはナウキでも有数の商会を営んでいるイナッハ会長だった。
そんな大物がいること自体はもう今更なので驚きはないのだけれど、その表情がやけに楽しそうであったならば、不安に感じて顔が強張ってしまうのも仕方のないことだと思う。
「ああ、大したことではないのだがね。これを考えたのは君なのかな?」
「そうです」
僕は切っ掛けとなった出来事について話した。
まあ、死に戻ったことだけは曖昧に逃げ帰ったことにしたけれど。
「そうか、君は冒険者だったのか。どうりで発想が柔軟で奇抜なはずだ。恥ずかしい話、私なんて矢は消耗品としか考えたことがなかったよ」
そう言って面白そうに笑うイナッハさん。
それにつられるようにあちこちから「確かに」と追従する意見が出る。
運のいいことに初手からかなり強力な理解者を得ることができたようだ。
「いやいや問題はそこじゃありませんよ!」
容認へと一気に傾いた室内の雰囲気に、慌てて声を上げたのは組合の武器部門長だった。
「こんなものが出回ったら、矢を作っている工房に販売している店は大打撃を被ることになりますよ!これ以上情報が広がらないように手を尽くすべきです!」
武器部門長の言葉は師匠の危惧していたことそのものだった。
彼はまるで憎い敵を見るように、僕の作った『無限弾』矢を睨みつけていた。
「そこまで気にする必要はないじゃろう」
再び場の空気が重くなりかけたところに奥にいた高齢のドワーフの口から重厚な声音が響く。
それと同時に斜め後ろにいる師匠の背がピンと伸びたような気配がした。
「クジカ老、それはどういう――」
「おい小僧!」
「は、はい!」
何か言おうとしていた武器部門長を遮って、クジカなる老ドワーフが僕を呼ぶ。
勢いにのまれて思わず直立不動の体勢を取ってしまう。
「その矢を作るのに相当の手間暇と、貴重な素材が使われているな?」
「はい!その通りです!」
大洞掘の各地を探して回った素材の数々を列挙していく。
途中、錬金術を教わったおっさんの名前を口にしたら皆固まってしまったが、それほど悪名高い人だったのだろうか?
確かに我儘ではあったけれど、どこか憎めない感じだったのだけれど。
「ロヴィン君だったかな。その知識は君の武器になるものだ。誠実な対応を心掛けていたのだろうけれど、安売りするのは感心しないな」
「あ、御忠告ありがとうございます。肝に銘じておきます」
イナッハさんの指摘にそう答えると、彼はそれでいいと言うように深く頷いていた。
それにしてもこの辺りの情報についての考え方もプレイヤーとNPCでは異なってくるみたいだ。
プレイヤー間では情報の公開は当然のこと、むしろ余程の事情――今回の僕のようなケースがそうだ――がない限り、秘匿してはいけないという風潮さえある。
「まあ、そういうことだ。それだけの材料を集めて作るとなると、相当高価なものになる。市場を取られるっていう考えは、被害妄想が過ぎるっていうもんだ」
僕の思考が逸れている間に、クジカさんが話をまとめ直してくれていた。
「もっとも、安さだけをウリにして質の悪い品を大量に売りさばいているような奴には脅威に感じるかもしれないがな」
ジロリと睨(ね)めつけられて武器部門長が竦み上がる。
何か後ろ暗いところでもあるのだろうか?
まあそれは僕の管轄外だし、関わるつもりもないけれど。
「情報を隠したところでいずれ漏れてしまうものです。それにロヴィン君と同じように考える冒険者が出てくるかもしれない。幸いにして我らはそれを先んじて知ることができたのです。これを強みとして行くべきでしょう」
「他の街への連絡はどうする?」
「手紙を送って、触りだけ伝えておけばいいでしょう。詳しく知りたければ尋ねて来させればいい。余計な騒ぎにならないように、安価な消耗品ではなく高級品だということだけはしっかり書いておく必要がありますね」
そして室内の関心は政治的、外交的なものへと移っていった。
ポンと肩を叩かれる。
振り返るとホッとした顔をした師匠がいた。きっと僕も似たような表情を浮かべていることだろう。
「これなら大丈夫そうだ。良くやったな」
「そんな。全部師匠のお陰です。ありがとうございました」
改めて頭を下げる。この人に師事することができて本当に良かった。心の底からそう思う。
「おう、二人ともこっちに来い」
そんな僕らに無遠慮な声を投げかけてきたのはクジカさんだった。
というか、そのまま会議室から出ていってしまう。
「師匠、あのクジカっていう人は一体……?」
「……俺の師匠に当たる人だ」
つまり僕はクジカさんの孫弟子ということ!?
急いで部屋の外へと向かう師匠を、慌てて追いかける。
「来たな」
クジカさんは廊下の窓を開けてのんびりとパイプを吹かしていた。
「おい、ジュージ。なかなか面白い弟子を取ったじゃないか。イナッハじゃないが、無限に撃てる矢なんて想像もしなかったぜ」
楽しそうに言うクジカさん。一方でジュージこと師匠は、上官を前にした兵士のようにビシッと姿勢を正していた。
「おい小僧、いやロヴィン!一週間経ったらわしの工房に来い。『無限弾』の元になる最高の矢を用意しておいてやるからよ」
ニヤリと笑って踵を返すと、僕が何かを言う間もなく去って行ってしまったのだった。
それから一週間後、行きたくないとごねる師匠を引きずってクジカさんの工房を訪ねた僕は、オリハルコンや世界樹の小枝、不死鳥の羽といった伝説級の素材で創り上げられたトンデモ性能の矢を貰い受けることとなる。
そして、何故か『無限弾』付与に必要な素材を持って待っていたイナッハさんからそれらを譲り受けて、その場で最強の『無限弾』矢を完成させたのだった。
同じ頃、プレイヤーの間で『無限弾』についての情報が飛び交ったのだが、『魔王』誕生に話題をさらわれてしまい、すぐに立ち消えとなる。
結局『無限弾』が認知されるのは、それから三カ月後にイナッハ商会で販売されるようになってからのこととなるのだった。
◇ 補足 ◇
『無限弾』の現時点での欠点としては「矢一本に対する効果であること」があります。そのため、一度に複数の矢を打つ場合には、それだけの数の矢が必要です。
某狩りゲームを例にすると、貫通矢には対応していますが、連射矢と拡散矢には非対応ということになります。
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