第8話 『無限弾』だ
遠距離武器の魅力って何だと思う?
敵に気付かれずに倒すことができる。
違うね。それだと暗殺術と変わらない。
気付かれても攻撃される前に倒すことができること、これこそ遠距離武器の一番の魅力だと僕は思う。
さて、それでは反対の欠点というのは何だろうか?
これは簡単。攻撃回数が限られていることだ。
弓であれば矢の数、スリングであれば弾や石、そして魔法であればMPを消費するので、その所持数やMP以上には使用できない。
もちろん倒した相手から引っこ抜いて再利用したり、MP回復薬を使ったりすることでその回数を増やすことはできるけれど、根本的な解決にはならないだろう。
どこかの狩猟アクションゲームのように弓でぶん殴るなんてありえない。それならサブウェポンとして短剣の一つでも持っていた方がよほどマシというものだ。
この欠点を改良してやるだけで、遠距離武器の有用性は増大するはずだ。
そんな思いで僕が開発を続けていたのが、
「できた!『無限弾』だ!」
一見何の変哲もないごく普通の矢を、両手ですくい上げるようにして持つ。
識別を使ってみると、備考欄に神々しく『無限弾』の文字が輝いている!
手持ちの矢が尽きたところをモンスターに集られて死に戻ってから苦節十年!
……あ、ごめんなさい大袈裟に言い過ぎました。三ヶ月です、はい。
……えっと、苦節三ヶ月!
ついに、つーいーに!完成した!
ゲーム的には特殊効果が付いた矢、という扱いになるようだ。
本当はバンダナに付けたかったんだけどダメだった。え?フェイスペイント?知らない子ですね。
とにかく、あくまでも攻撃系の消耗品にしかつけられない効果みたいだ。
思えばこの三ヶ月、色々なことがあった……。
武器屋の親父さんに頼みこんで鍛冶屋の師匠を紹介してもらったり、錬金術の秘儀を得るために自称天才錬金術師の怪しげなおっさんの我儘に付き合ったり。
材料を探してあちこちを奔走している内に、死に戻る原因となったモンスターなんて相手にならないほどレベルが上がってしまったのも、ある意味お約束だけど良い思い出だ。
そうだ!せっかく完成したんだから師匠にも見せて自慢、じゃなかった喜びを分かち合うことにしようそうしよう!
という訳でさっそく師匠の工房へとやって来た。
「師匠ー!いませんかー!?」
「誰だ騒々しい?おお!?ロヴィンじゃないか!久しぶりだな」
工房の奥からのっそりと現れた師匠がバシバシと僕の背中を叩くと、HPバーがどんどん減少していく!?
「痛い!痛いです師匠!それ以上やられたら死んじゃいますって!」
「ん?おお!すまんすまん!がっはっは!」
口では謝っているけれど、全然悪いと思ってないよこの人!
豪快なドワーフの代表選手のような人だからこれ以上文句を言っても無駄だろう。「まあ、上がれ」という師匠の言葉に従って、久しぶりに工房の中へと入る。
「それで今日は何の用事だ?顔を見せに来ただけって訳じゃあないんだろう?」
「ふっふっふ。それはですねえ……」
ちょっと勿体ぶっていると「気味悪いなあ……」と言われてしまった……。
気を取り直して本題に入る。
「これ!ついにできました!」
アイテムボックスからできたてほやほやの『無限弾』効果付きの矢を取りだす。
「なんだ、ただの矢じゃない、か!?」
「へへー。ついに完成しましたよ」
驚く師匠に自慢げに言う。この顔が見られただけでもここに来た甲斐があったってものだね。
……おんやあ?なぜか師匠が驚き過ぎて固まってしまっているぞ?
「師匠?どうしたんですか?師匠。ししょー?」
僕が声をかけていると、師匠は突然がばっと立ち上がり、
「この、大バカもんがあああああああああああ!!!!!!!!」
と大声で怒鳴り上げてきた。
キーン……。
あまりの声量に耳がおかしくなりそうだ。いや、なっていた。ステータス画面に状態異常の聴力低下が表示されている。
幸い、聴力低下は一時的なもので、しばらくすると消えていた。
「突然怒鳴らないで下さいよ……。あー、頭痛い」
「頭が痛いのはこちらの方だ!なんちゅうとんでもない物を作ってしまったんだ……」
どういうことだ?なんだかやっていけないことをやってしまったっていう感じだぞ?
「作ってしまったって、師匠だってノリノリで僕に色々と教えてくれたじゃないですか?」
「それはそんなもの作れるはずがないと思っていたからだ!!」
「酷い!」
三ヶ月経って初めて知った驚愕の事実だった。
「酷いのはお前の方だ!これが世に出回ってみろ、弓矢を扱っている武器屋が何軒潰れるか、分かったものじゃないぞ!」
「え……?え?」
ちょっと待って!僕はただ、よりゲームを楽しもうと……。
「!!」
その時、どうして師匠が怒ったのか、理解できてしまった。
僕らプレイヤーにとってはゲームでも、師匠を始めとしたNPCたちにとっては実際に生活をしている世界なのだ。
そしてこの世界には矢や弾といった消耗品を作ったり売ったりして生計を立てている人たちもいるのだ。
とてつもない恐怖が襲ってきた。
「ど、どうしよう……?」
頭が混乱して上手く働かない。
目の前に置いてある『無限弾』の矢が目に入った。
それに手を伸ばした次の瞬間、僕は工房の床にぶっ飛ばされていた。
「ロヴィン!!!!お前今、何をしようとした!!!!」
さっきよりも大きな怒声が浴びせかけられる。
「で、でも、これさえなくなれば――」
「それだけはダメだ!それだけはやっちゃいかん!!」
「それじゃあどうすればいいんですか!!!?」
視界が涙で滲む。
「僕は、皆の生活を脅かすことになるなんて、思ってもいなくて……」
「分かっている。お前がそんなことを考えるような奴じゃないことは、俺が一番良く分かっているぞ」
ポンポンと背中を叩く師匠。
「とにかく、事は俺たちだけでどうにかなるものじゃない。武器屋に道具屋、その他の連中にも意見を聞いた方がいいだろう」
師匠の声にビクリと僕の体が跳ねる。
「心配するな。弟子を一人で矢面に立たせるようなことはしない。それにこういったものが出てくるだろうと考えもしなかったのは俺たちの怠慢でもある。という訳で、ちょっと根回しも兼ねて色々な連中に声をかけてくる。お前はしばらく家にいろ。どうするかを考えるのは落ち着いてからで構わないからな」
そう言って師匠は僕の肩を軽く叩くと工房から出ていった。
残された僕は一人、膝を抱えて泣くことしかできなかった。
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