第7話 魔王だけど初めてのモンスター討伐で逃げ回っています

 皆さんこんにちは。運営の陰謀によって『アイなき世界』で魔王にされてしまったグドラクです。

 良く分からないミニイベントに巻き込まれて、裏通りにいた男の子を冒険者協会に連れて来たら緊急イベントが発生した模様です。

 で、件の男の子は


「兄ちゃん、何だか忙しそうだからまた今度来ることにするよ」


 とか言って、とっととどこかに行きやがりましたよこのやろう。

 イベントの導入部分が終わったことで、あの子の出番も終わったということなんだろうけれど……。もう少し上手いはけ方はないものかね?


「何をぐずぐずしているんですか!時間がありませんから私の後に付いて来て下さい!」


 うわ!この職員さん、言い方がきついな!

 俺がびっくりしている間にその職員さんはさっさと外に出ていってしまう。


 本音を言えば無視してどこかに行きたいのだけれど……、無理だろうなあ……。

 冒険者資格の剝奪とか普通にありそうだし、下手をすると『冒険者協会』に逆らったとしてお尋ね者にされてしまうかもしれない。

 賞罰関係についてはまだ調べられていないので、どういった影響があるのかはっきりしないけど、少なくとも愉快なことにはなりそうもないな。


 ここは諦めてイベントを消化するとしよう。

 オレは急いで職員さんの後を追うことにしたのだった。




 と、まあこの選択自体は間違ったものだったとは思わない。

 だけど油断していたことは間違いないだろう。

 この一週間、一応平穏なゲームライフを送っていたのでオレはすっかり忘れてしまっていたんだ。

 ここの運営が人のことを勝手に魔王にするような、ぶっ飛んだ性格の連中だったということを!


「ふぅざけんなうんえいいいぃぃぃ!!!!」


 オレは走っていた。

 全力で。

 力の限り。




 冒険者協会を出て職員さんに付いて行った先は、町の中央部にある転移門だった。

 これは街から街へと一瞬で移動できるという優れものだ。

 別の大洞掘へも移動できる。ただしプレイヤーが使うとなると相応のお代が必要となるが。

 超国家組織である『神殿』と『賢人の集い』の二つによって共同で管理されている。相互に監視しているという訳だ。


 ゲーム的な説明をすると、プレイヤーが訪れたことのあるログアウトをすることができる町や村に移動することができる、というものになる。

 当然、転移門の設置されていない村などに行く場合は一方通行になるよ。

 それと、必要金額は距離に応じて変わってくるので、もしも別の大洞掘に行くなら相当の金額を用意しておかなくてはいけない。

 だけど特定の街に行けば格安で転移してくれるそうなので、大洞掘間の移動はそれらの街で行うのが一般的となっているようだ。


 そして転移門を通ってやって来たのが、ここ、採石場だった。

 あれ?街じゃない?イベントによる特例みたいだ。

 で、依頼されたのがロックスライムの討伐だった。


「ロックスライムは石や岩に擬態するのが得意でな。どうも切りだした石材に大量に擬態されたようなんだ。このままじゃあ危なくて近寄ることも運ぶこともできねえ。何とか退治してくれ」


 と、説明してくれたのは採石場の親方だ。

 ドワーフと人間のハーフだそうで、背は少し低いけれど、はち切れんばかりの筋肉をしている。


「スライムじゃなきゃぶん殴って倒せるんだけどなあ……」


 なんて愚痴っている。

 うん。確かにその腕でぶん殴られたら並みのモンスターなら一撃だわ。今回は相性が悪かったというより他はない。


 この『アイなき世界』におけるスライム種(しゅ)はマスコット的な可愛らしいものではなく、アメーバのような単細胞生物を巨大化させたような姿をしている。

 女騎士に似合うものの上位にランクインされるアレな形だ。

 ……コホン。で、種類によって得意とする擬態先が異なる。ロックスライムなら岩や石、マッドスライムなら泥沼といった感じだ。


 そして物理攻撃には反則的に強い反面、火属性の攻撃にはめっぽう弱い。

 火属性が効かないのは唯一、フレアスライムとラーヴァスライムだけだ。……あ、二種類だった。

 その二種類は溶岩地帯などの高熱な場所にいるので、火属性攻撃をしようと思う人はいないだろう。


 さて、一方のオレはというと不本意ながら『魔王』なので、その魔力は高い。

 多分極振りしているトッププレイヤーよりも魔力値は高いだろう。

 そして使っていなかったから初級のものにはなるけれど、火属性魔法という攻撃手段もある。


 うむ!楽勝だな!


 そう思って意気揚々と奥へと進んだ先に待っていたのが、超巨大なロックスライムだった。

 識別してみると、


〈変異種、ヒュージビッグロックフロッグスライム。

 名前が韻を踏んでいてカッコイイ!

 後フロッグの名前の通り跳ねる。

 それと巨大化している分だけ火属性への耐性も高くなっている〉


「アホか運営!どう考えても補足の説明の方が大事じゃないか!名前とかどうでもいいわ!」


 大声で突っ込んでいると気付かれてしまい、びよーんと跳ねてきた!?


 超巨大な見た目は岩のむにょんむにょんな物体が跳ねてきたら皆はどうする?

 オレは逃げた。

 力の限り逃げた。

 運営への呪詛の言葉を吐きながら。




 巨大スライムとの追いかけっこ――ただし捕まると即死する――は一時間以上経った今も続いていた。

 この時ばかりは魔王である自分のステータス値の高さに素直に感謝したい。

 どれだけ走り回っても疲労――疲労=無理な運動なので極わずかなダメージとなる――しないのだ。正確には疲労したそばから回復しているようだ。


 あれ?これってMPにも当てはまらないか?


 そうとなれば試し打ちだ。

 走る速度を若干緩めて背後に向かって火属性の初級魔法『火弾』を撃ち込む。


 パシュ!ゴオオオ!


 はい?


 何だか巨大スライムが燃えて一回り小さくなったんですけど……。

 いや、落ち着け。

 見間違いかもしれないし、極限状態で脳が都合のいい映像を見せているのかもしれない。


 あ、そんなことを考えているうちに消費したはずのMPは回復していました。


 とにかく気を取り直してもう一発。


「『火弾』!」


 パシュ!ゴオオオ!


 うん。やっぱり間違いない。確実に小さくなってるな。


 ……おいおい!『魔王』強過ぎだろう!?

 ゲームバランスとかないの!?無茶苦茶過ぎない!?


 錯乱しかけている――それでもちゃんと逃げています。オレの脚すげえ――ところにピローンと効果音が鳴り、視界の隅にインフォメーションが流れる。

 へえ、戦闘中だとこういう具合になるのか。確かにでかでかとウインドウが展開されたら邪魔になるよな。


〈火属性魔法のスキルレベルが十上がりました。『火球』の魔法を覚えました〉


 もうね、何から突っ込んだらいいやら……。

 どっと疲れたオレは足を止めて振り返ると、覚えたばかりの『火球』の魔法で巨大スライムを瞬殺したのだった。




「おお!兄ちゃんやるな!助かったぞ!」


 ガハハと豪快に笑いながらオレの背中をバンバン叩く採石場の親方。

 巨大スライムを倒したことで一気にレベルが十八も上がって、その分HPも増えたはずなのに親方に叩かれる度にHPバーが減少しているのが分かる。

 どんだけのバカ力だよ!?

 オレだからすぐに回復して事なきを得ているけれど、普通のプレイヤーなら十回くらい叩かれたら死んじゃうぞ、これ。


 それと異常なレベルアップについてはもう考えないことにした。

 どうせ隠蔽(いんぺい)や改竄(かいざん)のスキルを使って見た目は変化させるからだ。看破(かんぱ)とかで見破られる可能性はあるけれど、その時は魔王であることもバレているのだから問題はない、というか気にしても仕方がない。


 色々と想定外な方向に疲れたオレは、NPCに『転移』の魔法でナウキの街へと送ってもらうと、職員の人に「報酬は後日受け取りに来る」と伝えて、早々にログアウトしたのだった。

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