第2話 緊急ミッション!魔王軍に潜入せよ!

「うわああぁぁぁ!!」

「ぎゃああぁぁぁ!!」


 薄暗い部屋の中に悲鳴が響き渡る。

 ここは盗賊団『荒野の陽炎』のアジトだ。

 一口に盗賊団と言っても、盗みだけをやる連中やスリ集団、義賊など多々あるが、『荒野の陽炎』は盗み以外にも裏や闇の仕事は何でもござれという、犯罪者集団の中でも特に気分の悪くなる連中の集まりだ。


 そんな悪逆集団のアジトで今、摘発という名の蹂躙が行われていた。


「頭!ここはもう危険です!こちらへ」

「お、おう!」


 頭領である男を引き連れて隠し通路から外を目指す。

 しかし、そこにも追手の手は伸びていた。


「『悪魔の血』ツデルオだな!大人しくしろ!」

「な!?どうしてこの抜け道がバレているのだ!?」


 その非道な振舞いから、体には悪魔の血が流れていると言われ、恐れられた頭領がうろたえている。

 その姿は悪党らしく無様で滑稽だった。


「この場所は限られた者しか知らないはず……!?」


 この期に及んでもまだ真実には気が付いていないようだ。

 こんな無能がよく今まで捕まらずにいられたものだ。『荒野の陽炎』が活動範囲にしていた国々にはそれなりの人材もいたはず。

 そうなると、各国上層部にこいつらと結託して甘い汁を啜っていた者がいると考えるのが妥当か。

 この一件が終われば早々に進言しておくべきだな。


「くそっ!おい『嘘吐き』!お前もこいつらを倒すのを手伝え!」


 私を呼ぶ声に前を見ると、ツデルオが武装した男たち三人を相手取って大立ち回りを演じていた。

 腐っても大盗賊団の頭領。相変わらず戦闘能力だけは高いな。


「それは無理だな」

「何だと!?」


 だが、その分頭は弱い。

 今の今まで私の正体に気が付かなかったのだから。


 隙だらけの背中に貼り付き、片腕を捻り上げると同時に地面へと押し倒す。抵抗されても厄介なので捻り上げた腕は壊しておく。


「ぐぎゃああああああ!!」


 何やら下品な鳴き声が聞こえるが気にしない。

 続いて隠し持っていたナイフを使って足の腱を切る。死なれると面倒なので止血だけはしておいてやろう。


「三人もいてこの程度の相手に手こずるのでは話にならんな。次までに鍛え直しておけ」

「申し訳ありませんでした!」


 直立不動で返事をする三人に、薄汚れた塊を渡す。


「神殿騎士……。くそお、まさか『潜入者』に入りこまれていたとは……!」


 怒りに燃える目でこちらを睨んでくるボロ屑ツデルオ


「覚悟しておけよ、手前(てめえ)は碌な死に方しないぞ」


 やはり頭は弱いな。

 私に一泡吹かせたいのであればそんな陳腐な言葉ではなく、動かすことのできる片腕を使うべきだ。


「その言葉そっくりそのままお前に返してやる。裁きの間の前にはお前に復讐したいという人々が列を作っているそうだ。そこでお前は少しずつその身体を刻まれていくだろう。

 魔法は偉大だな。そんな目にあってもお前は狂ったり気絶したりすることなく、死のほんの一瞬前まで恐怖と痛みと苦しみを感じることができるだろう」


 私の言葉に自分の行く先をありありと想像したのか、ボロ屑が真っ青になって喚き散らす。


「連れて行け」

「はっ!」


 しかし捕縛の縄でがっちりと縛りあげられていては碌な抵抗もできない。

 結局そのまま二人の男たちに運ばれていくのだった。


「あの……、先ほど言われたような魔法が本当にあるのですか?」


 残った男が尋ねてくる。


「もちろん嘘だ。神々の加護の元にある魔法に、そんなおぞましいものがあるはずがないだろう。

 ……もっとも、禁呪指定されているものや悪魔の加護するものになら、似たようなものがあっても不思議ではないだろうがな」


 男はほっと安堵の表情を浮かべたかと思うと、今度は引きつった顔になってしまった。感情を表に出さないことは我々の基本であるというのに。

 やれやれ、まだまだ修練が足りていない。帰ってからしごいてやる必要がありそうだ。

 私は詰み上がっていく仕事の量に辟易としながら、外へと続く通路を歩き始めた。




 『神殿騎士団』は『聖なる神々の神殿』、略して『神殿』に帰属する一組織である。主な職務内容は各地にある神殿の警備に、聖職者たちが行っている布教の旅への同行等が挙げられる。


 その中で一点特殊なものとして、国を跨(また)いで活動する犯罪者の討伐というものがある。


 元々は邪教徒に対抗していたものが、いつの間にか一般の犯罪者や犯罪集団までもがその討伐対象に含められてしまった、ということがその経緯である。


 『荒野の陽炎』壊滅から二日後、私は神殿騎士団の本拠地があるロピア大洞掘(だいどうくつ)にあるマドア大神殿へと来ていた。

 同じロピア大洞掘内ではあるが、他のエリアにいた私がそんな短時間でマドア大神殿まで辿り着くことができたのは、『神殿』が『賢人の集(つど)い』と共同で管理している世界各地を結ぶ『転移門』を使用することができたためである。

 本来であれば複数個所を経由し、さらには順番待ちをしなくてはならないところを特別に優先してもらえたという事実に、いやな予感が蠢(うごめ)きだしていた。


(これはまた面倒な仕事を押し付けられそうだ)


 誠に遺憾なことながら、私のこの予感は見事的中することになった。


「戻って来て早々にすまないが、君には新たな任務を引き受けてもらいたい」


 私の顔を見るなり、直属の上司であるエスラ神殿騎士団団長はそう言った。


「わざわざ本部に呼ばれた時点でそんな気はしていましたが……。他の『潜入者』たちはどうしたのですか?」

「うむ。実は君を含めて動ける者には全員、同じ任務を言い渡してある」

「どういうことです?」

「一週間前ににあった『天の声』についての説明は不要だろう。それに関わることだ」


 『天の声』つまりは運営からのお知らせのことだが、一週間前のものとなるとあれ・・しかないだろう。


「この世界に『魔王』が誕生した、というお告げですね。……それでは新たな任務というのは――」

「魔王の元に潜入して情報を得てもらいたい」


 これは本当に面倒なことになった。

 魔王がこの世界のどこにいるのかすら分かっていないのだ。はっきり言って潜入する以前の問題である。


「現在神殿騎士だけでなく神殿に所属する全ての者に魔王の居所を探るように命令してあるが、それだけでは足りない可能性もある。君たちには潜入で培った人脈を活かして奴の足取りを追ってもらいたい」


 要するに裏のルートから探ってくれということだ。


「見つけた場合、すぐに潜入するという流れで良いのですか?」

「うむ。捕捉し続けられるとは限らないからな。可能な限り早く報告をしてもらいたいが、細かい点は現場での君たちの判断に任せる」


 相変わらず重要なことは丸投げだが、その方が動き易いというのも確かだ。


「討伐は視野に入れなくても構わないのでしょうか?」

「最終的な目標はそれになるのだろうが……。現状奴の強さも目的も何も分かっていない。下手に刺激して暴れられても困るからな。情報収集だけに留めて置いてくれ」


 確かに彼我の戦力差すら分からない状況で手を出すなど愚の骨頂である。

 しかし残念ながら『神殿』にも、そんなことすら分からないお偉方が何人もいたりする。


「心労お察しいたします」


 そんな愚か者たちと正対して相手取らなければならないエスラ団長に比べれば、私の任務など如何(いか)ほどの苦労もないように思われてくる。

 溜め息を吐く上司に一礼して踵(きびす)を返す。


 神殿の外へ向かいながら、私は旅に必要な物を思い浮かべていくのであった。

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