第3話 テイム!テイム!テイム!
「はあっ、はあ。はあ……。っ!」
道なき森の中を懸命に走る。
体力の限界なんてもうとっくの昔に通り過ぎている。息は切れ、足はもつれて今にも転んでしまいそう。
だけど立ち止まることなんてできない。止まってしまったらボクだけでなく背中にある温かな命さえも危険にさらしてしまうことになるから。
ボクの名前はリュカリュカ・ミミル。
人族の女の子で調教師(テイマー)見習い。
現在一人前のテイマーになるために職業専用のイベントシナリオに挑戦中。
なのだけど、実はこの『アイなき世界』においてテイマーはあまり人気のない職業の一つだったりするの。多分その理由として、類似職の召喚士(サモナー)があるというのが一番大きいんじゃないかな。
二つの職業について大まかに説明すると、まず調教(テイム)と召喚(サモン)という違いはあるけれど、どちらも魔物(モンスター)を仲間にして一緒に冒険する職業、ということになると思う。
ステータス的にはテイマーが物理職寄り、サモナーが魔法職寄りになっているけれど、これは誤差範囲に近くて、プレイヤー次第でどうとでもなる。
実際トッププレイヤーのサモナーには、召喚獣ともども斧を持って突撃していく『アックスマン』なる物理攻撃に特化した人もいる。
ボクだってテイマー(見習い)だけど、将来的には魔法メインで冒険していくつもりでいるしね。
話がそれちゃった。
ええと、次に違いについてなのだけど、これこそが二つの職の人気を分けることになる重大な要素だったのだ!
その違いというのが『モンスターを仲間にする方法』ね。
テイマーはテイム技能を使って目の前にいるモンスターを仲間にする。一方、サモナーはサモン技能と特殊アイテム(使い切り)を使って、モンスターを呼び出すわ。
はい、どっちが簡単に仲間にできるか一目瞭然ですね。
一応召喚モンスターはランダムで何が出てくるかは分からない、ということになっているのだけど、言いかえればレアモンスターをプレイ初期から仲間にできるということでもあるので、かえってサモナー人気を助長する要因になってしまっている。
対してテイマーの場合、好みのモンスターを狙って仲間にすることができるのだけれど、そのモンスターのいる場所にまで行かなければならないので、新規プレイヤーが強いモンスターを従えるというのは難しい。
なかには初心者テイマーのお手伝いをすることをメインにプレイしている人たちもいるようだけれど、それは例外中の例外と言っていいと思う。
そんな訳で、残念ながらテイマーは不人気職だったりするのね。
一応運営さんも極端な職業の偏りが出ないように、テイムモンスター用の収納ボックスなんかを実装――これによってパーティーメンバーを超える数のモンスターをテイムできるようになりました!――したりしているけれど、あまり成果は出ていないみたい。
ボク個人としてはありがたく使わせてもらうつもりでいるけれど、ね。
さて、と……。そろそろ現実から目を逸らすのにも限界が近づいてきたわね。
追ってくるあいつが速度を上げたのか、それともボクの走るスピードが落ちてきたのか、さっきよりも聞こえてくる足音が大きくなっている。
視界の隅に簡易マップを表示してみる。
見るんじゃなかったぁ……。
追いかけてくるあいつはすぐ後ろまで迫っているのに、ゴールとなる場所はまだまだ遠い。
このままだと間違いなく追いつかれる。
ボクは覚悟を決めた。
大きな木を通り過ぎたところでその裏側に隠れる。
そして背負っていた二匹のウリボウたちを地面に降ろす。
「いいかい、ボクが時間を稼ぐから、その間にお母さんの所まで逃げるんだよ」
「ぷきー……」
ボクの言葉に心細そうに鳴く二匹。か、かわいい!思わず抱きしめたくなっちゃう!
……っと、ダメダメ。今は危険がピンチなんだ。
アイテムボックスからショートスピアを取りだすと、二匹を置いて木を回り込む。
「あっちゃー……」
タイミングの悪いことにボクたちを追いかけてきた巨大虫型魔物(ラージインセクト)とばったり遭遇してしまった。
獲物だった
その姿はは体長二メートルほどにもなる直立するクワガタムシに、カマキリの鎌を付けたような異形をしていた。そして残る手足は人間を模したものに変化している。
怖い。そして気持ち悪い。
ちょっと運営さん!いくら戦闘を回避する方法があるとはいっても、初心者にぶつけるには厳し過ぎる相手じゃありませんか!?
泣き言を言いたくなるのを必死に我慢する。せめてあの子たちだけでも逃がさないと!
まあ、ゲーム的にはボクがやられた時点で、クエスト失敗になってやり直し扱いされるのだろうけれど……。
槍を握る両手に力を込める。こういう時は……そうだ!大きな声を出せばいい!
「やあああああ!!」
ケンコンイッテキ槍を構えて突撃する。
バチン!!
大きな衝撃を感じたと思ったら、ボクは近くに木の幹に叩きつけられていた。
今の一撃だけで体力は三分の一以下にまで減っている。それなのに後ろの木はびくともしていなかった。もしかすると非破壊オブジェクト扱いなのかも。
あまりにも現実感のないこの状況にボクはそんなどこかズレたことを考えていた。
ラージインセクトがゆっくりと近づいてくる。
やっぱりちょっと強過ぎだと思う。運営さんには調整を要望します!
ゲームの中とはいえ死ぬのはやっぱり怖い。
せめて一思いにその鎌でバッサリとやってくれたらいいんだけど。頭からかじられるようなトラウマになってしまいそうなのだけは止めて欲しい。
ああ、でも悔しいなあ。敵わないにしてもせめて一発くらいは攻撃を当ててやりたかったな。
「今度遭った時にはケッチョンケチョンにしてやるんだから!」
なんという情けない捨て台詞だろう。
だけどそう口に出したことで少しだけ気力が戻ってきた。
それがこの後の命運を分けることになるとは、
ボクに止めを刺そうとラージインセクトがその鎌を振り上げた時、
「ブモオオオオ!!!!」
という大きな鳴き声が聞こえ、ドスドスと大地を揺らす振動が伝わってきた。
何事が起きたのかと周囲を見回すラージインセクト。
今だ!
なんてことは思わなかった。ただ体が勝手に動いた、というのがその時の本当のところかな。
気が付くと右手に持ったままだったショートスピアが敵(ラージインセクト)のお腹にぶっすりと突き刺さっていた。
「ギュウォオオヲヲ!!!!」
悲鳴を上げて身を捩る魔物に横合いから巨大な物体が衝突する!
ドンッ!!ピューー、ドサッ!
…………。
え?なに?交通事故?
呆然とするボクの前にいたのは五メートルにもなろうかという巨大な猪と、その背に乗る二匹のウリボウたちだった。
テレッテレー♪
チープな効果音と共に空中にウインドウが展開する。
〈おめでとうございます。
テイマー専用イベントクエスト『あわてんボア(置いてきぼりにされたウリボウたちをお母さんワイルドボアの所に連れて行ってあげよう)』をクリアしました〉
え?これでクリア?棚ぼた的でラッキーだけど、すっきりしない!?
悶々とするボクを無視してウインドウのインフォメーションは続いていく。
〈クリア報酬として、ウリボウ二匹をテイムする権利を得ました。
また、二匹とも仲間にした場合に限り、特殊スキルの『
!!する!します!
特殊スキル習得も魅力だけど、可愛いウリボウを仲間にできるチャンスを逃すつもりはないよ!
「テイムモンスター!」
テイム技能を使ってウリボウ二匹を仲間にする。名前は……イーノとニーノに決定!
こうしてボクは晴れて一人前のテイマーとなることができた。
〈魔王が誕生した〉という不吉な『
◇ 補足 ◇
どんなモンスターでもテイムすれば一人前になれるので、リュカリュカのように専用イベントをこなす人はほとんどいません。
また、クリア時にテイムできるモンスターの数や特殊スキルはイベント進行時の行動により変化する、という無駄に凝った仕様になっていたりします。
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