第3話 突然の縁談

――アンジュが『シャリテの城壁』の物語に抗おうと決意した後日のことだった。


「アンジュ、アンジュや」

「何事ですか、お父様」


『杏珠』だった頃の記憶がだいぶ落ち着いた頃、父親のキルケ侯爵がアンジュの部屋に興奮気味に訪れた。


「お前に縁談だ」

「縁談ですって?!」

「どこの誰ですの?!」


アンジュの部屋で読書を楽しんでいたリーチェも立ち上がる。


「ふん、どうせ侯爵家の後ろ盾が欲しくてお姉様をいいように使うだけ使って捨てる気の男爵子息かどこぞの骨でしょう」

「それが聞いて驚け。フォルテ王太子殿下からだ!」

「な、何ですって?!!」


アンジュはリーチェを顔を見合わせて目をぱちくりとさせる。


「王太子殿下が、お姉様を?!」

「い、いったいどこでお会いしたのでしょう……覚えがありませんわ」

「それがこの父もわからぬのだ。ただ分かるのは、長女アンゼリカを我が妻に、とのことだけだ」

「すごいですわお姉様! 国母になられますのね!」

「え……っと、待ってお父様にリーチェ。私が王太子殿下と結婚? じょ、冗談でしょう?」

「冗談で王太子がこのような手紙を寄越すものか。先触れがあってな、近々我が邸にいらっしゃるとのことだ」

「まあ、うちに?!」


フォルテ王太子――『暴君』と呼ばれる王位継承権第一位のこの国の王子だ。

『シャリテの城壁』でも、王太子から王になったあとはかなりのやりたい放題の王様だったとアンジュは記憶している。

そして、そんな縁談が自分に来るとは夢にも思っていなかった。

何故なら、『シャリテの城壁』では暴君フォルテは妻を娶っていなかったからである。


(――『それから2年』の間にこんなことがあったなんて……)


きっと王太子殿下がアンジュを見て「やっぱり結婚はナシ」と言ったのだろうと容易に想像がついた。

なぜなら、自分は「しこめひめ」だからだ。

王太子殿下ともあろう者が、「しこめひめ」を娶るとなると、何が起こるかわからない。


――が、そこでアンジュは冷静に考えた。


(もし、アンジュがこの縁談を成功させたら?)


暴君フォルテは少し落ち着くかもしれない。

暴君が少し落ち着けば、アッシュとの軋轢もなくなる――まではいかなくとも、少しは和らげることになるのではないだろうか。


事実、『シャリテの城壁』の作者は『設定厨』としても有名であった。

『シャリテの城壁』公式ファンブックでは、作中に描かれていない部分まで細かに設定されていることが多数記載されていた。

アンジュはその全てを覚えているわけではないが、少なくとも暴君フォルテの設定はあまり詳細ではなかったように記憶している。

要するに、作者のお気に入りのキャラクターではなかったということだ。


――介入する穴はここだ。


アンジュは考えた。


しかし、フォルテ王太子の噂を聞きはすれども――設定が薄い記憶もあれども――、アンジュはその姿すら見たことがない。

一体どこで出会い、縁談などを申し込んで来たのか。

全く見当がつかなかった。


(王太子殿下は、もしかしてブス専なのかしら……)


アンジュは鏡を見てそう思った。

頬に手を当てれば、出っ張った頬骨に指が当たった。

上を向いた鼻、歯並びの悪い口に狭い額。一重のぼんやりとした印象の目。

木から落下したあの事件の日から何度も自身の顔を鏡で見てきたが、『良い』と思える部分など一つもなかった。


それに、もし自身が王太子と婚約でもしようものなら、各貴族たちからのバッシングも起こるだろう。

このような不美人を王家の血に入れるのか、と。

リーチェは「ついにお姉様に見合う縁談が来たわ」と喜んでいたし、アンジュはこの縁談は絶対に成功させてやると腹を括っていた。

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