第1回 死にたい青年は死体と戯れる
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無人島に漂着して数日。絶望の縁に立たされ自殺を図っていた青年・ハンクは、目前の砂浜に人影を見つける。その正体は遺体であった。
ハンクは遺体の不思議な能力を使って無人島を脱出する。しかし、たどり着いた先はまたもや無人島。唯一の食料は漂着物のスナック菓子で、一時でも心の拠り所となった遺体は荷物と化す。ハンクに再び、絶望的な状況が訪れた――。
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映画は絶望的なシーンから始まる。
結末まで悲惨なので、初見で衝撃波を浴びたい方は鑑賞した後にこの記事の続きを読んでいただきたい。
タイトルは、〈スイス・アーミー・マン〉(原題:SWISS ARMY MAN)。
ポスターには、男性の遺体に乗って雄叫びを上げ、颯爽と海を駆け抜けるハンクの姿が映されている。作品中で最も鮮やかで賑やかな冒頭シーンの映像だ。
この冒頭が過ぎれば、あとはひたすら暗い。
それも当然のこと。
我々は、根暗の主人公と視点を共有しているのだから。
内容が暗いことに加え、とにかく汚いので、潔癖症の方はつらいかもしれない。映像が綺麗な分、モチーフの汚さが際立つのだ。
例としてポスターのシーンは、
「主人公が漂着した男性の遺体に触れると、肛門からガスが噴射される。遺体には確かな浮力と力強い推進力があるらしく、これを利用して大海原を駆ける――」。
遺体をべたべた触ると、物語が始まるのである。
希望を抱いて無人島脱出と思った矢先の第二無人島、に続くのは「ハンクと不思議な遺体の冒険譚」だ。
ハンクが拾った遺体は、無人島を生き抜くために便利な機能が備わっている。飲み水供給、電波受信、髭剃り、先の腐敗ガスジェット噴射もその一つ。おまけに話し相手にもなってくれる。遺体は生前の名前が「メニー」だと名乗り、ハンクはすっかり彼の虜になる。
導入からしてぶっ飛んでいるが、ストーリーに終始矛盾はない。
主人公がなぜこんなにもつまらなくてファンタジーな生活を送ることになったか、徐々に明かされていくのが見どころだ。
ちなみにB級映画と評されているらしい。
私は地味な映画も好きなので、案外楽しかったが。
冒頭が過ぎればひたすら暗い、と述べたが、ヤマはある。
このシーンにタイトルをつけるとすれば、「ハンクとメニーの決別! 突如訪れる戦闘の危機!」だろうか。
あらすじ紹介だけだと映画の楽しさを奪ってしまいそうな気がするので、ここはあえて詳細を伏せようと思う。
さて、「スイス・アーミー・マン」のブラック要素はもう十分だと思う。このブラック要素こそが等しくコメディでもあるが、よりブラックコメディさを感じた決め手がある。終盤、視点が主人公から離れる場面だ。
ハンクが遺体でたどり着いた無人島での生活はなんだか楽しそうだ。食糧不足、高温多湿、居心地の悪い洞窟住まいであるにも関わらず、ハンクの姿には充実感がある。
メニー生前の姿との別れの時については考えてはならない。腐敗ガスは出ているけれども……。
ここで我々は気付く。ハンクとメニーに生々しさがないことをはっきりと感じる。
私が言うことでもないが、安心してほしい。この映画に我々は裏切られない。
メニーとの楽しい生活に魅力を感じたハンクは、もはや「無人島」から脱出しようとしているようには見えない。ハンクにはメニーがいれば十分なのだろう。しかし、楽しい毎日も永くは続かない。
ハンクは劣等感や孤独感を抱えている。無人島の洞窟に「友人」と暮らす決断をした原因もここにある。メニーの存在は、ハンクが現実から目を背けるために必要なものだ。
メニーの生前の記憶を引き出す、という架空の目的は、ハンクの心を生かすためには十分だった。
なんたる皮肉だろう。メニーの為に、とハンクが引き出そうとしている記憶はハンク自身のものだ。「漂着物」をかき集めて、メニーと対話しながら恋を再現する成り行きは滑稽だ。
ある夜、突如訪れた刺客によって無人島生活の終わりを悟ったハンクは、とうとう脱出を決断する。そして、メニーの力で危機から逃げ出すことに成功する。
到着先と事の真相は、終盤に来て我々をハンク視点から遠ざける仕組みなのだろうか。
ハンクの人間性を俯瞰し始めると、追って、ハンクの人間臭さが姿を現す。ここで初めて、生々しく時間が流れ始める。
さて、ここまで深いメッセージの込められた映画を語るように言葉を並べたが、〈スイス・アーミー・マン〉は気楽に観られる映画だと私は思う。
ただし、映画の内容は無人島脱出劇ではなく、根暗青年の心理劇。サバイバル系が好きな方に薦めてしまうと、厳しい意見が返ってくるかもしれない。しかしそれもまた、この映画の楽しみ方かもしれない。
首が落ちたら笑えない -ブラックコメディ映画の鑑賞記録- 津麦縞居 @38ruhuru_ka
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