【完結】パパじゃないけどパパが好き(作品240604)

菊池昭仁

パパじゃないけどパパが好き

第1話

 裕司と電話で喧嘩をした。


 「奈々、美香とは何もないんだって。信じてくれよお。

 ただ一緒にカラオケ行ってプリクラ撮って、ガストでハンバーグを食っただけなんだよー」

 「そしてその後、キスして裕司の部屋でエッチしたんだよね? 美香が言ってた。

 裕司サイテー! サヨナラ!」


 私は一方的に電話を切った。

 その後も何度か電話やLINEも来たがすべて無視した。

 そしてついに着拒にして、更に裕司の電話番号もメアドもみんな消去した。

 思いっきり泣いた。

 それでも収まらず、私は枕を抱いて1階のパパの部屋に降りて行った。



 「パパ、一緒に寝てもいい?」

 「どうした? 怖い夢でも見たのか?」

 「ううん、裕司とケンカしたの。

 もう別れる、あんな浮気者なんか大っ嫌い!」


 私はパパの布団に滑り込んだ。

 男の人の匂いがした。


 (好き、この大人の男の人の匂い)


 とは言え、パパはまだ40才。

 清彦パパは私の本当のパパじゃない。

 死んだママの再婚相手だ。



 「なんで男って浮気するの?」

 「浮気したことがないから僕にはわからないなあ。なんで浮気するんだろうね? 素敵な女性と付き合っているのに」

 「私、かわいくないのかなあ?」

 「奈々はかわいいよ、ママの娘だからね?」

 「別れたパパの娘でもあるよ。会ったことないけど。

 清彦パパは今でもママのことが好き?」

 「もちろん」

 「ママが死んでもう3年だよ、再婚とかしないの?」

 「しないね」

 「どうして? 女の人とエッチしたいと思わないの?」

 「もうオジサンだからね? そんな気持ちはないな」



 パパが再婚しない理由は分かっている。

 それは今もママを愛していることと、娘の私が悲しむからだ。

 パパはイケメンでやさしくて、おまけにドクターだから凄くモテる。

 パパは大学病院の内科医をしていて、病院には美人も多く、とても危険だ。デンジャラス!

 でもお泊りしたことは一度もなく、飲み会も1次会でちゃんと帰って来る。


 「清彦先生、たまには朝まで一緒に飲みましょうよ~」


 そんなやからは山ほどいるはずなのに相手にしない。



 「ママ、天国でしあわせに暮らしているかなあ?」

 「天国でも笑っていると思うよ。きっと大きな口を開けて」

 「もう背中に翼とか生えたかなあ?」

 「おそらく生えたと思うよ、ママはやさしい天使のような人だから」

 「いいなあ、私も空を飛んでみたいなあ」

 「それじゃあ今度、飛行機に乗せてあげるよ」

 「そうじゃなくって、自分の翼で飛びたいの!」

 「へえー、奈々は凄いね? 奈々には翼があるんだ?」

 「あったらの話だよ」

 「大学、決めたの?」

 「まだ」

 「もうそろそろ決めないとね?」

 「私もママやパパみたいにお医者さんになろうかなあ?」

 「奈々が好きなところに行けばいい。僕は応援するよ」

 「ありがとう、パパ」



 3年前、ママが死んだ。

 パパはママと結婚する前から、ママが治らない病気だとわかっていたらしい、お医者さんだから。

 それなのにママが死んじゃうのにパパはママと結婚し、私を養子にしてくれた。

 私はそんなパパが大好きだった。

 パパとママと、そして私と3人でお風呂にも入って、私が真ん中で3人で手を繋いで寝たこともある。



 (ファザコンなのかな? 私)


 そうかもしれない。

 でも、パパといると凄く安心する。



 妻の弥生やよいが死ぬ時、清彦は弥生と約束をした。


 「私が死んだら奈々が成人するまで一緒にいてあげて欲しいの。

 その後は再婚してもいいから」

 「君は死なないよ、絶対に」

 「死んだらの話よ」

 「だから弥生は死なないって言ってるだろう?」


 清彦は弥生を強く抱き締めた。

 いつも冷静で穏やかな清彦は、泣きながら病床の妻を抱き締めた。


 「奈々は僕たちの娘だ。僕があの娘を一生守って行くよ」

 「ありがとう、清彦がいてくれたら安心だわ。

 何も思い残すことはない。

 それからいい人が出来たら再婚してもいいからね?

 私を忘れてもいいのよ、私もあなたを忘れるから」



 それから1か月もしない間に、弥生はひとりで天国へと旅立って行った。




 弥生の両親はすでに他界しており、奈々は一人っ子で兄弟もなく、頼れる親戚もいなかった。

 清彦はそのまま弥生との約束を守り、娘の奈々と暮らし続けていた。


 妹がいたせいか、清彦は年下の奈々に興味はなかった。

 もちろん俗にいうロリコンではない。奈々のことは本当の娘のように接することが出来た。

 だから高校生といえども、一緒に風呂にも入れるし、一緒に寝ることも出来たのである。


 ただ娘の奈々にはしあわせになって欲しかった。

 やがて奈々も素敵な男性と巡り会って恋をし、結婚するだろう。

 そうすれば清彦の父親としての役割も終わる。



 「おやすみパパ」

 「おやすみ」


 奈々はいつものように清彦の頬におやすみのキスをした。


 清彦は朝食の卵料理を目玉焼きにするか、出汁巻き卵にするかで迷っていた。

 

 (明日は奈々の好きな出汁巻きにしよう)


   


第2話

 朝食はいつもパパが作ってくれた。

 パパはなんでも出来ちゃうのだ。

 お料理、お掃除、お洗濯はもちろん、お裁縫も得意だった。

 先日も私の制服のボタンが取れ掛かっているのを見つけ、


 「奈々、制服のボタンが取れそうだよ、脱いでごらん、直してあげるから」


 パパはママのお裁縫道具箱を開けると、器用に私の制服のボタンを付け替えてくれた。



 「はいどうぞ」

 「ありがとう、パパは何でも出来ちゃうんだね?」

 「子供は産めないけどね?」

 「でも作るのは得意でしょう?」

 「アハハ」

 「パパとママの赤ちゃん、かわいかっただろうなあ。

 私ね、ずっと弟が欲しかったの。

 自分の子分にして、一緒にお散歩したりサッカーとかしてね? おままごと遊びにも付き合わせたりして」

 「僕は奈々がいればそれでいいかなあー」

 「どうして?」

 「奈々は手間がかかる娘だから、奈々ひとりでたくさんだよ」

 「ひどーい」


 そんなことを言って、私たちはよく笑った。




 パパの作る朝ごはんはプロの味だ。

 月水金はパンで、火木土は御飯。そして日曜日は外食だった。

 今日は月曜日だったのでパンの日だった。



 「悩んだんだけどオムレツにしたんだ。

 出汁巻きを作ろうと思ったんだけど、今日はパンだからね?」

 「すっんごくふわふわで中トロリだね? ママと3人で食べたリッツカールトンのモーニングみたい」

 「そこまでじゃないけどね?」

 「このクラムチャウダーも凄く美味しい!

 ねえパパ、私にも今度お料理教えてくれないかなあ?」

 「いいよ、家族みんなで朝食をきちんと食べる家族はしあわせだからね?

 だって夜はみんなバラバラだろう?

 会社や部活、塾にママ友とかの集まりもあるし。

 となるとみんなで食卓を囲むのは意外と朝しかないんだ。

 でも朝は出来るだけ寝ていたい。

 それでもちゃんと早起きしてゆとりを持って朝食を食べる。

 それはとても大切なことなんだ。 

 朝は一日の始まりだから、みんなで美味しく食べて、職場や学校のことを話しながら笑顔で一日をスタートさせる。どうだい? このラテアートのクマさん、かわいいだろう?」

 「うん、とっても。

 お洒落なカフェみたい」

 「ホットドッグも美味しいだろう? 今日のパンはよく焼けたと思うんだけど」

 「フランクフルトの皮が「バシュ」として、凄くジューシー。

 粒マスタードも最高にいい感じ」

 「さてと、今日も一日がんばるか?」

 「うん!」





 下校時、裕司に呼び止められた。


 「ちょっと話せないかな?」

 「アンタ誰? 私は何も話すことないから。

 二度と私の前に現れないで、ホントにキモイんですけど」

 「ゴメン、美香とは本気じゃなかったんだ。

 奈々に会えなくて、つい寂しくて。

 いつも奈々のこと考えて、オナニーしてても頭がバカになるだけだろう?」


 私はこのバカなガキに完全に冷めた。

 頭が良くてイケメンで、バスケ部のキャプテン。

 いつも女の子たちからキャーキャー言われている裕司がゴミに見えた。

 美香の前でもおそらく、やりたいがために「俺には美香しかいないんだ!」とかなんとか言って、今度は私にもそういう。

 裕司は最低のヤリチンだ。


 (なんて身勝手なガキなの? コイツ)


 精神年齢が幼稚園児以下、ゾウリムシ並み。


 「だったら美香ちゃんを「おかず」にして自分ですれば?

 気持ち悪い。さようなら!」

 「待ってくれよ、奈々!」


 (あれれ? 涙も出ないし、悲しくもない。どうしてなんだろう?

 そうか、パパという大人の男性が身近にいるからだ。

 だから同級生たちはただの子供にしか見えないのかも)

 

 パパのような大人の男性としての奥深い魅力は微塵も感じなかった。




 家に帰るとホワイトボードにパパからの伝言があった。




     今日は残業で遅くなります。

     3日前から煮こんでおいたビーフシチューが食べ頃です。

     温めて召し上がれ




 ホントにパパは「ママみたいなパパ」だと思った。




第3話

 パパに見られたくないものが見つかっちゃった。

 コンドームとか大人のオモチャじゃないよ、それは見つからないところにちゃんと隠してあるから大丈夫。

 それはね、「三者面談のお知らせ」の紙。

 ゴミ箱にそのまま丸めてポイしてたら。



 「何か怪しい匂いがするなあ」

 「えっ? 何々? なんか臭い? お弁当箱出してなかったかな?

 それとも汗をかいた体操着をバッグに入れっぱなしだったっけ?」

 「いや、このゴミ箱が怪しい」


 するとパパはゴミ箱の中にくしゃくしゃにして捨てておいた、学校からの「三者面談のお知らせ」を見つけてしまったのだ。

 おそらくパパはそれを知っていて言ったはずだった。

 


 「奈々、今度の木曜日、三者面談なんだね? 行けるから大丈夫だよ。

 こうゆうものは僕に見せてから捨てないと。一応これでも奈々の保護者なんだから」


 なぜパパが学校に来て欲しくないのかというと、


 1 兄に間違えられるから。


    「あれ奈々、今日はお兄さんがママの代わりに来たの?」


 2 パパがカッコいいから他のママたちが寄って来るから。


    「今度、一緒にカラオケしません?」


 3 パパが担任の静香先生のお気に入りだから。


    「私、奈々さんのママになって差し上げても良くってよ」



 そんなのこっちがヤダっつーの!

 ホント、隙も何もあったもんじゃない。

 だからゴミ箱にポイしたってわけ。



 「だってパパは忙しいから都合が悪いのかなあって思って捨てちゃった。

 ダメだよね? お仕事忙しいもんね? ね、ダメでしょう? ダメって言って、お願い!

 うちの学校、偏差値は高いけどガキばっかりでさ、そんでもってそんでもって・・・」

 「行くよ、三者面談。

 だって奈々のこれからの大事な進路の話だろう? 行かなきゃ」

 「いいよいいよ、どうせ就職するんだから。

 高林堂の苺大福が好きだからさあ、高林堂さんの面接受けてみようと思ってるんだ」

 「僕も高林堂さんの苺大福は好きだよ、でも奈々に作ってもらわなくても、駅の売店で売ってるしね?」

 「奈々の作った苺大福ならもっと美味しいよ」

 「だろうね? 兎に角、今度の木曜日、学校に行くから静香先生にそう伝えておいてね?」

 「はーい」 


 がっくし。




 そして三者面談の当日がやって来た。


 「ねえねえ、奈々のパパさんって若いよねえ?

 私、いけるクチかも。イケメンだし。

 そうしたらさ、私が奈々のママになっちゃったりして、うふ」

 「バッカじゃないの! アンタみたいなオシッコ臭いJKなんて、パパが相手にするわけないじゃん!」

 「ヤバイよヤバイ、接待にヤバイよ。

 あんな血のつながっていないパパさんとひとつ屋根の下なんて! 近親相姦じゃん!」

 「美智子、アンタ頭はいいけどバカなの? AVの見過ぎ!」

 「だってふたりだよふたり。

 男と女がいたらさあ、あとはやるっきゃないでしょ? 他人のパパさんなんだし、「やるなら」今でしょ!」

 「お前は林修か! それでも私のパパなの!

 それ以上いったらグーで殴るかんね!」

 「ハイはーい」




 「それでは次の奈々さんのお父様、どうぞ。うふっ」

 「先生、私もでしょ? 三者面談なんだから」

 「あなたは就職でしょう? 必要ないんじゃないの?」

 「そんなわけにはいきませんよ、三者面談なんだから。

 それじゃ先生とパパのお見合いじゃないですか!」

 「まあ、なんていいこと言うのかしらこの子は!

 これってプライベート合コンかしら?」

 「静香先生、いつも娘がお世話になっています。父親の緑川です、よろしくお願いします。

 さあ奈々も入って」

 「はあーい」

 「チッ」

 「あっ、今、先生、舌打ちしたでしょう?」

 「気のせいよ、では始めましょうね? チッ」

 「ほらまた」


 私とパパは並んで席に着いた。



 「えーっと、それではお父様、奈々さんは高林堂さんへの就職を希望されているようですが、間違いありませんか?」

 「ハイ、立派な苺大福職人になります!」

 「お父様もそれでよろしいですね?」

 「いえ、娘は大学への進学を希望しています」

 「そうでしたか? それではどこの大学を受験されるおつもりですか?」

 「医学部を受験させるつもりです。大学はまだ決めてはいません」

 「医学部って? そんな話は初耳ですけど?」

 「パパ止めて! 私は就職でいいんだってば!」

 「娘の成績なら、どこかしらの医学部は可能ですよね?

 娘は医者になりたいんです、母親が病気で亡くなったので、娘はそれを研究する医者になるために猛勉強して  

 この学校に入学することが出来ました。

 娘はお金のことを心配しているのです、私のために。

 もうお金の目途はつきましたので、このまま医学部を受験させてやって下さい、お願いします」

 「まあ、残念ながら奈々さんの成績ならギリギリB判定の位置にありますから、たとえ今年はムリでも浪人すれば可能かもしれませんね。残念ですけど。チッ

 どうするの? 奈々さん。このイケメンパパさんはこう仰っているけど?」

 「奈々にも医者になってもらって、亡くなった弥生の病気の治療法を研究して、同じ哀しみからたくさんの患者さんやその家族を救ってあげて欲しいんだ。

 これは僕からのお願いなんだ。医学部を受験してくれ、そしてみんなから愛され、頼りにされる医者になって欲しいんだ」

 「パパ、少し考えさせて」

 「わかったわ、それじゃあ来週までにイケメンお父様とよく相談しなさい。

 ところでお父様、今週の週末のご予定は?」

 「私と食事の予定です!」

 「チッ それが未来の母親に言うセリフかしら?」


 静香先生はまた舌打ちをした。 




第4話

 私が就職しようと思ったのはお金のせいじゃなかった。

 お金の心配はなかった。

 それはママが私が医学部で勉強するためのお金は十分すぎるほど残しておいてくれていたからだ。

 パパに頼るつもりはなかった。

 私が就職を選んだのは、医学部に入る前に社会の仕組みを覗いてみたかったからだ。

 学校の先生もそうだが、世の中のこともロクに知らないで「先生、先生」と呼ばれることに疑問を抱いていたからだ。

 つまり、世間知らずの医者にはなりたくはなかったのだ。

 病気だけを診る医者ではなく、「人を診る医者」になりたかった。ママやパパのような医者に。



  

 夕食を食べながらパパと進路について話をした。


 「奈々、お金のことなら心配しなくてもいいんだよ。奈々の大学や今後のことについてのお金は準備してあるから」

 「ありがとうパパ。お金はママが沢山残してくれているから大丈夫だよ。

 私は医学部に入る前に社会人を経験しておきたかっただけなの。

 ママやパパのようなお医者さんになりたいから」

 「それもいい考えだとは思うけど、医者は命と向き合う仕事だから、社会勉強以上の経験を積むことになる。

 医者になるには沢山のことを勉強しなければならない。でもそれだけじゃ駄目なんだ。

 体力的にもタフでなければいけないし、何よりも精神力の強さが求められる職業だ。

 自分のちょっとした判断ミスが患者さんの命やカラダ、健康を奪うことにもなるからね?

 医者は治して当たり前、失敗したら訴訟になることだってある。

 そして自分のミスにより患者さんを死なせてしまったら、一生それが自分に重くのしかかるんだ。

 殺人者として生きて行かなければならない。

 僕も手遅れの患者さんが死んでしまった時、そのお母さんの小学生の息子さんから「お母さんを返せ! 人殺し!」とののしられたことがある。その少年の恨みに満ちた眼は今でも忘れることは出来ない。

 僕も沢山の死を見届けて来た。医者は神様じゃない、人間だから辛い。

 医学部に入る前に働くことを経験しなくても、医者になるプロセスは毎日が学びなんだ。

 だから奈々、そのまま医学部へ進学しなさい。僕は君を応援するから」

 「ありがとうパパ。私、パパの大学の医学部を受験することにする」

 「わかった。がんばりなさい、奈々」


 私はパパとママが学んだ大学の医学部を受験することにした。




 翌日、担任の静香先生に医学部を受験することを伝えた。


 「先生、私、やっぱり医学部を受験することにします」

 「チッ あっそう。それで清彦さんは何だって?」

 「父はもちろん賛成してくれました」

 「エロエロエッサイム エロエロエッサイム エコエコアザラク エコエコアザラク

 どうかコイツが医学部に落ちますように マファリクマファリタチャンバラヤンヤンヤン」

 「先生? どうかしましたか?」

 「ううん、何でもないわ。がんばりなさい緑川さん」

 「はい」

 「どうかこの小娘が医学部に合格しませんように」

 「何ですか先生? さっきからブツブツと?」

 「お祈りしていたのよ、緑川さんが医学部に合格するようにって」

 「そうでしたか? ありがとうございます」

 「そうだ、今度私が特別にあなたにお勉強を教えてあげるわね?

 緑川さんのお家で」

 「大丈夫です、勉強なら父に教えてもらいますから」

 「いいからいいから、遠慮しなくてもいいのよ。私たちはいずれになるんだから。

 これからは静香先生ではなく、静香ママって呼んでもいいわよ」

 「何だかスナックのママさんみたいですね?」

 「そうだ、善は急げよね? 今夜から泊まり込みで受験勉強をしましょう!

 よろしくね? 奈々ちゃん」


 (静香先生の魂胆はわかっている。そうはさせないわよ)


 「それじゃあ先生、よろしくお願いします」

 「はいはーい! 今日は黒のTバックを着けて行くわね?」

 

 こうして担任のあざとモンスター、静香先生が私の家にやって来ることになった。




第5話

 家に静香先生がやって来た。


 「先生のフレアスカート、エレガントですね?」

 「やはり女はフレアスカートよ。知性のある男はね、清楚な女が好きなものよ。

 パンティだって黒や赤のTバックじゃなくて、かわいいレースの付いたお尻がちゃんと隠れるパステルカラーが好みなの。でも今日の気分は紫のTバックだけどね? あはっ

 パンツが見えるようなミニが好きな男はアキバの萌えカフェで曇った銀縁眼鏡を掛けた、小太りのリック童貞たちだけよ。よく覚えておきなさい」

 「なるほど」

 「素敵なお家ね? 都内で1軒家だなんて、流石はドクターね?

 あの狭小住宅の『クローズド・ハウス』とは大違いだわ」

 「このお家は亡くなった母と父が建てたんです」

 「そうだったの?」


 私は玄関ドアを開け、静香先生を家に招き入れた。


 「おじゃましまーす。キレイに片付いているのね?」

 「父が綺麗好きなんです」

 「でしょうね?」


 (嫌な女)


 パパが出て来た。


 「静香先生、奈々の勉強を特別に見ていただけるそうで、ありがとうございます」

 「気になさらないで下さい、教師ですからカワイイ教え子に協力するのは「当たり前田のクラッカー」ですから」

 「あはははは よろしくお願いします」

 「ではお勉強の前にご飯にしましょう。

 「腹が減っては受験勉強は出来ない」と言いますからね?」


 すると静香先生は鞄からエプロンを取り出し、それを身に着けると、大きなキャリアケースを持ってキッチンに立った。


 「あまり凝った物は出来ません、簡単な物ですみません。

 家で下ごしらえはして来ましたから温めるだけにしてあります。

 牛の頬肉の赤ワイン煮込みとロースト・ビーフのオニオン・ゴルゴンゾーラ・サラダ、それからロールキャベツにムール貝のアヒージョ、ついでにスパークリングワインとデザートにハリケーン・ゲッツのラムレーズン・アイスもあります。 (全部、大角デパートの地下で買った物だけど。うふっ)」

 「先生すごーい! 『シェフ』の天海祐希みたい!」

 「そんなことないわよ緑川さん、こんなのいつでもママ、じゃなかった先生が作ってあげるわよ。清彦先生のお口に合うかどうか?

 先生のは私のお口に入り切るかどうかはわかりませんけど? うふっ

 それからこれは明日の朝食です。サワラの西京焼きに出汁巻き卵、それから私が毎日かき混ぜている糠漬けも持って来ました。大角のデパ地下、じゃなくて全部私が作った物よ。

 明日は先生がお弁当も作ってあげますからね? 奈々ちゃんと清彦先生の分も」

 「えっ、先生ウチに泊まっていくつもりですか?」

 「当たり前でしょう! 医学部受験なんてそう甘いもんじゃないのよ。

 これからは受験当日まで先生がここに「棲み着いて」ビシビシお勉強を教えてあげますからね?」

 「大丈夫ですよ、そこまでしなくても私、賢いから」

 「チッ いいからあなたはママ、まだ早いか? 先生の言う通りになさい! いいわね!」

 「はーい」



 

 長~い食事、いや飲み会も終わり、やっと勉強することになった。

 

 「それじゃあそろそろお勉強にしましょうか?」

 「はい、よろしくお願いします」


 私と先生は2階の私の部屋で勉強を始めることにした。



 先生はスパークリングワインを殆どひとりで飲んでいたのでかなりご機嫌だった。 


 「アンタはさあ、勉強は学校で1番だから何も教えることはないわよね?」

 「まあそうですね?」

 「それじゃあ後は自習してて、先生、お風呂に入って来るから」

 「わかりました」


 すると静香先生は下に降りて行った。




 「清彦さん、お風呂いただいてもよろしいかしら?」

 「ええどうぞ、廊下の右側に洗面脱衣場がありますから」

 「ではお借りします」

 「娘のこと、よろしくお願いします。僕は明日早いので今日はこれで失礼します」

 「わかりました。おやすみなさい、清彦さん」


 そう言って静香は風呂場へと消えた。

 だが静香はすぐにアソコだけを洗い、あそこのお毛々をトリートメントして5分で風呂から出て来た。

 そしてシルクのピンクのベビードールに着替えると、ちゃっかり清彦の布団に潜り込んだ。


 「うふっ 相当疲れているのね? もう寝ちゃっているわ。かわいい寝顔。

 では、いただきます」


 静香は清彦のパジャマをトランクスごと下ろし、清彦のソレに手を合わせた。


 

 「先生、何をしているんですかあ! いくら待っても来ないから来てみたらそんなことして!」」

 「何って、眠くなったから寝ようと思ってね?」

 「どうしてパパの隣で寝ているんですか! しかもパパのをそんなふうにして!」

 「だってお布団が敷いてあったからつい」

 「そこは私の寝るところなんです! 寝るなら先生は私のベッドで寝て下さい!」

 「イヤよ、あんな小娘のオシッコ臭いベッドで寝るなんて」

 「それなら三人で寝ましょう」

 「3P? 流石に今のJKは過激ね? 私の大人のテクについて来れるのかしら?」

 

 私はジャージのまま、静香先生とパパの間に割って入った。

 

 「ちょっとあなたは私と清彦の外れでしょう?」

 「これでいいんです。先生、私と一緒に手を繋いで下さい」

 「こうかしら?」

 「そうです」


 私はパパと先生と手を繋いだ。

 涙が出て来た。


 「泣いているの? 緑川さん」

 「何だかママとパパと一緒にいるみたいで」

 「緑川さん・・・」


 すると静香先生はBカップの胸で私をやさしく抱き締めてくれた。


 「今夜はあなたのママになってあげる。安心して眠りなさい」

 「ありがとう、静香先生」

 「先生じゃないでしょ? ママって呼びなさい」

 「ママ・・・」

 「なあに、奈々?」


 そうして3人はスヤスヤと朝まで眠ってしまった。




第6話

 学校に行くと親友の春菜が声を掛けて来た。

 

 「奈々、昨日清彦パパ、大丈夫だった?」

 「危ないところだった。先生ちゃっかりパパの隣で寝てるんだもん。危ない危ない」

 「えーっ! 静香ならやりそう!」

 「だから私が間に入って引き離したわよ」

 「でもまあ、もう家には来ないんでしょう?」

 「それがねー。受験まで家に泊まり込むって言うのよ」

 「奈々の家に棲むっていうこと?」

 「そういう事。はあ~」

 「ねえ奈々? 私も奈々の家に泊まってあげようか?」

 「春菜がウチに?」

 「うん、まさか私も一緒ならそんなことはしないでしょう? いくら静香でもさあ」

 「なるほど、4人で寝れば大丈夫かも」

 「そうだよ、それで諦めさせればいいじゃん」 

 「流石は東大法学部を目指して検事になろうとしているだけはあるわね?」

 「私はね、国家権力を正しく独立させたいのよ。検察と裁判所は政治家の意志で歪められてはいけないわ。

 司法、立法、行政の三権は分立していないと」

 「期待しているわよ、未来の検事総長」

 「ううん、私は総理大臣になるわ! そうじゃなければ天皇陛下の側室になりたい」

 「そういう狂っているところも好き」

 「というわけで今日泊まりに行くから」

 「うん、銀座コウジロウ・コーナーのジャンボ・プリン買って帰ろうか?」 

 「ポテチも食べたいなあ、コンソメ味」

 「いいねえ、なんだか楽しくなりそう」



 

 静香先生がまた家にやって来た。


 「ただいまあー。ああ疲れたあ。でもすぐにお惣菜を並べるわね?

 今日は銀座四越のデパ地下よ、豪華でしょ?」

 「静香先生こんにちはー」

 「あら春菜さん? どうしてあなたがここに?」

 「今日は奈々と勉強しようと思って」

 「勉強? チッ」

 「春菜も東大を受験するのでその方が効率がいいかと思って」

 「そうすれば先生も私たちに気兼ねなく・・・、出来るわけだし?」

 「な、何よ。何が出来るって言うのよ」

 「まあそういうわけで私たちにはどうぞお構いなく」

 「そ、そうなの? まああなたたちは学校でも1、2を争う「中出し」だしね?」

 「それをいうならそういう「仲だし」でしょ? 先生?」

 「あら私、そのつもりで言ったわよ」

 「もうすぐ父が帰って来ますからご飯にしましょうよ。お腹空いちゃった」

 「それじゃあ今夜はワインじゃなくてテキーラにしようかしら?」

 「賛成! 私も飲みたーい! テキーラ!」

 「ダメよ、お酒とタバコは二十歳はたちになってからよ」

 「選挙は18歳からやれっていうくせに。先生、エッチは何歳からならいいの?」

 「それはアソコに毛が生えてからよ」

 「じゃあもう大丈夫だ。私たち、もうアソコの毛はボウボウだから」

 「あはははは」


 そこへパパが帰って来た。


 「ただいま。春菜ちゃん、よく来たね?」

 「お久しぶりです、奈々パパさん。今日は泊めて下さいね?」

 「いいけどお家の人は知っているの? 僕から電話してあげようか?」

 「大丈夫です、もちろんちゃんと家には言って来ましたから」

 「そう。なら良かった」

 「あなたお帰りなさーい。それじゃあ奈々ちゃん、春菜ちゃん、お皿を出して頂戴」

 「はーい」

 「静香先生、なんだかパパさんのお嫁さんみたい」

 「バカなこと言わないの。ねえ奈々?」


 (遂に呼び捨てかよ)


 

 「早く食べちゃいなさい! さあお勉強の時間よ! 早くお子ちゃまは二階に行きなさい!」

 「先生はどうするの?」

 「これからお風呂に入ってそれから」

 「それから・・・?」

 「それから寝るわよ」

 「誰と?」

 「ひとりで寝るに決まっているでしょう? やあねえ」

 「なーんだ、パパさんと寝るのかと思っちゃった」

 「バカなこと言ってないで早く勉強しなさい。はいシッシッ」


 私たちはお風呂に入ってから二階に上がった。



 「静香先生、やる気満々だね?」

 「どうせ無理なのにねー? パパはママを今でも愛しているから」

 「でも静香先生って天海祐希みたいで美人じゃない? 性格はちょっとアレだけど」

 「悪い人じゃないわよ。でもママには敵わないわ」

 「奈々のママ、きれいだったもんね? やさしくて」

 「うん。そしてパパは今でもママを愛しているわ」

 「凄いね? 奈々のパパさんは。たまにはエッチしたいんじゃないの? やらせてあげたら? エロ静香と」

 「私、パパと結婚したいなあ。血は繋がっていないしアソコに毛も生えてるし」

 「まあ法律上は問題ないけどねえ。でも倫理的にはどうかなあ?」

 「いいの! 私はパパのお嫁さんになるの!」

 「はいはい」

 「春菜、プリン食べようよ」

 「うん、コンソメ・キックのポテチもね?」


 


第7話

 清彦と静香は酒を飲んでいた。


 「清彦さんは再婚は考えていらっしゃらないの?」

 「考えていませんねえ? 多分もう結婚は一生しないと思います」

 「どうしてですか?」

 「もう誰も失いたくないからです」

 「私は死にませんよ、絶対に。

 清彦さんより先になんか絶対に死ぬもんですか」


 そう言って静香はテキーラを飲んだ。


 「でも人はいつかは死ぬんです。病院にいるとつくづく思います。

 医者の僕が言うのもなんですが、人は死ぬんですよ、必ず」

 「そりゃあいつかは死ぬでしょうけど、私は清彦よりも先には死にませんから絶対に!

 私はあなたのことが好きだから! 大好きだから! あはははは 私、武田鉄矢みたいでしょ?」

 「『101回目のプロポーズ』ですか?」

 「そうそう、だから先生、私と結婚して下さい! 私、本気ですよ! 本気の本気! ホンキー・コングだから!」

 「先生は美人でやさしい女性です、僕のような子持ちバツイチと結婚しなくても、素敵な男性は沢山いますよ」

 「私は先生がいいの! それに奈々ちゃんは私のことを母親のように慕ってくれています。だから先生、私を清彦のお嫁さんにして! お願い! 清彦とならアブノーマルなプレイもお付き合いするからさあ」

 「それは出来ません」

 「どうして?」

 「僕は今でも妻を愛しているからです」

 「死んだ人はもう戻っては来ませんよーだ」


 静香はテキーラにライムを絞って一気に呷った。


 「研修医をしている時、救命救急にいました。

 血だらけで頭蓋骨が割れて運ばれて来る患者さんもいました。でも死なない。

 そして平気で会話をして歩いているひとが5分後、突然心停止してしまい、亡くなってしまう。

 私はそんな現場に何度も立会いました。

 先生は素敵な人です、しあわせになって下さい」

 「ねえ先生、私とみない?」

 「セックスをですか?」

 「そう。してみない? この私と。 結構評判いいのよ、私」


 静香は清彦の膝の上に向かい合わせに座った。


 「先生、娘たちが見たらびっくりしますよ」

 「大丈夫、あの娘たちは2階でお勉強しているから」

 「ダメですよ静香先生」

 「いいじゃないのよ~、減るもんじゃないんだから」

 「止めて下さい静香先生、早く降りて下さい」

 「チュウしちゃうもんねー」


 そこへ奈々と春菜がすっ飛んでやって来た。


 「いーけないんだあ、いけないんだ~。 セーンセイに言ってやろう」

 「チッ うるさいわね~、今はプライベートなの! アンタたちは2階でお勉強でもしているか、チョコミント・

アイスでも食べてAVでも観ていなさい!」

 「さっきコンソメ・キックを奈々と食べて観たからもういいです」

 「コレは大人の話なの、子供は邪魔しないで!」

 「それじゃあ先生、今日はもう遅いから寝ましょうよ」

 「寝るわよ、これから清彦とチョメチョメしながら」

 「私たちも一緒に寝まーす! パパと静香先生と一緒に!」

 「5P? いえ、そうなると乱交? 乱交パーティなのね?」

 「静香先生、アダルトビデオの見過ぎですよ。いいから早くお風呂に入って一緒に寝ましょうよ、修学旅行の時みたいに恋バナしたり枕投げしましょうよ~」

 「あはははは。そうだね? 今日は客間でみんなで寝ようか?」

 「うん、そうしましょうよ! 奈々、パパ、私、そして静香先生の順で」

 「何をバカなこと言っているの? 清彦と私が同じお布団でアンタたちはずっと端、廊下で寝なさい!」

 「先生ばっかりずるーい。みんなのパパさんだよ」 

 「私の清彦よ!」

 「私のパパだよ!」

 「まあまあ、それじゃあ「あみだくじ」で決めようじゃないか?」


 清彦はメモ用紙に「あみだくじ」を引いた。


 「私はここ」

 「それじゃあ私はここね?」 

 「となると静香先生はここかあ。文句はないわよね?」

 

 すると結果は同じだった。

 奈々、清彦、春菜、静香の順になった。


 「チッ お風呂入って来る!」

 「先生行ってらっしゃーい」

 

 静香は風呂場に行った。


 「パパ、ごめんなさいね? 邪魔しちゃって」

 「ありがとう奈々、春菜ちゃん。お陰で助かったよ」

 「でも本当はしたかったりして?」

 「あはははは もう僕にそんな元気はないよ」

 「パパはママ一筋だもんね?」

 「そうだね? 奈々」


 だがその時のパパは少し寂しそうだった。





第8話

 「お帰りなさーい」

 「先生、ただいまー」

 「学校が終わったら真っ直ぐ帰って来るのよ。奈々はかわいいからナンパでもされてズッコンバッコンなんてされたら大変」

 「うん気をつけるよ先生」

 「先生じゃないでしょ? 「ママ」でしょう?

 今日はパパは遅いみたいだから、今日はママと一緒に回転寿司の『スシゴロー』でお食事にしましょう。 

 まあまあ安い、ちょっと出てくるのが遅い、美味しくないけど不味くはない、そして何よりも簡単だから」


 静香先生の行動力にはいつも感心する。迷いがない。

 先生は決してめげない。そして逃げない。自分の気持に正直に生きている。

 私は静香先生をいつの間にか家族のように感じていた。

 もちろんそれはパパの再婚相手としてではなく、歳の離れた「お姉ちゃん」としてである。

 だってパパのお嫁さんは私がなるんだもん。




 清彦が押入れの中の整理をしていると、小さな段ボールを見つけた。

 中を開けてみると、それは死んだ妻、弥生の私物だった。

 手紙や年賀状、そして日記が入っていた。

 日記は入院するまで書いていたようだった。最後の日付がそうなっていた。

 清彦はその日記を読んだ。そして日記を読み終えると日記を箱に戻し、再び押入れの奥にその箱を隠すように仕舞った。




 「あーお腹空いたあー。まずはビールビール。

 奈々ちゃんは何か飲む?」

 「私はお茶でいいです」

 「そう、高校を卒業したら沢山飲ませてあげるからね? 茶碗蒸し食べる?」

 「はい」

 「やっぱり『スシゴロー』の茶碗蒸しは最高よねえ。だってちゃんと銀杏ぎんなんも入っているしね?

 銀杏の入っていない茶碗蒸しは茶碗蒸しじゃないから。

 さあ遠慮なくどんどん食べなさい、ちゃんと食べないとオッパイが大きくならないわよ」

 「それじゃあ遠慮なく」


 私はタッチパネルでジャンジャンお寿司を注文した。

 大トロ、うに、アワビ、ノドグロにイクラ。

 高いお皿をたくさん注文した。


 「ちょっと奈々ちゃん、そんな高級品ばかり食べていないで「かんぴょう巻」も食べなさい。

 かんぴょうは栃木のソウルフードなのよ」

 「先生は栃木県の出身なんですか?」

 「私はその隣の茨城よ、「いばらき」だからね? 「いばら」じゃないわよ」

 「どうりでたまにヤンキー言葉が出ると思いました」

 「これでも昔はヤンチャでね? レディースの『関東くれない組』の総長をしていたこともあるのよ」

 「なんだかそんな感じします、先生美人でテキパキしているし」

 「でもね、中学までは引っ込み思案でいつも虐められてたの。高校生になってからよ、何でも言えるようになったのは」

 「きっかけは何だったんですか? モグモグ」

 「失恋したからよ」

 「先生みたいな美人で頭が良くて性格的にはちょっと問題がある人が失恋?」

 「本当はね? 失恋にもならなかったの。彼は私の憧れの先輩だった。

 サッカー部のキャプテンでね? レイザー・ラモンみたいに素敵な人だった」

 「ラモス瑠偉じゃなくて?」

 「ああそれそれ、私、今なんて言った?」

 「レイザー・ラモン」

 「そう? それでその先輩は私の親友の道子と付き合うことになって道子はその先輩にバージンを捧げたの。

 私は後悔したわ、なんで先に告白しなかったんだろうって。

 私はMiyazonで呪いの藁人形を買って毎日五寸釘を打ったわ」 

 「コワっつ」

 「もちろん呪いは辞めたわよ、でもその時思ったの、「人生は行動あるのみ」だって。

 結果なんか気にしてちゃ駄目なのよ、まずはやってみること。やる前から諦めちゃ駄目だってことに気づいたのよ。私はそれで変わったの」


 先生は生ビールをゴクゴク飲んですぐにまたタッチパネルでビールを注文した。

 

 (行動あるのみかあ)


 私はかんぴょう巻を食べながら決意を固めた。 


 


 先生がお風呂に入っている時、私はパパに告白をした。


 「パパ、私が医学部に合格したらお願いがあるんだけど」

 「何だい? お願いって?」

 「私をパパのお嫁さんにして欲しいの」


 するとパパの表情が曇った。


 「それは出来ないよ」

 「どうして? 親子だって血は繋がっていないのよ!

 私、ずっとパパが好きだったの!」

 「ありがとう奈々」


 そう言うとパパは目を閉じて次の言葉を考えているようだった。

 私はパパの言葉をじっと待った。




第9話

 「それは出来ないよ、奈々」

 「どうして?」

 「どうしてもだ」

 「私のことが嫌いなの?」

 「僕たちは親子だからね?」

 「本当の親子じゃないのに?」

 「奈々の青春はこれからだ。素敵な恋をしなさい、こんなオジサンじゃなく」

 「パパのバカ!」


 私は泣きながら2階へ駆け上がって行った。



 「ママ、私、パパにフラレちゃった」


 私はママのフォトスタンドを抱いて泣いた。


 


 風呂から静香が上がって来た。


 「あれ奈々は? お勉強?」

 「そうみたいだね?」

 「これで清彦と二人っきりになれたわね? うふっ」

 「静香先生はどうして教師になったんですか?」

 「最初はなんとなくだった。「教師するかあ」ってね? 別に教師をやりたいとも思わなかった。

 大学を卒業したらCAか女子アナになって、それから女優とかグラドルでもやろうかと思ってた。ミス・キャンパスだったしね。

 でもね、教育実習に行ってある女子高生と出会って思ったの、「絶対に教師になりたい」って。

 その子はね? 目立たない子だった。

 いつもひとりでみんなと交わろうとしない。成績は中の下。少し太っていて顔もあまりかわいい方ではない。 

 でもいつも一生懸命だった。

 掃除もみんなが適当にやっている時も、彼女だけはいつも汗だくになってやっていた。なんでも一生懸命にやる女の子だった。

 担任の教師は言ったの、「アイツは要領が悪いんだよなあ。もっと小賢こざかしく生きないと駄目なのに」

 私もそう思って彼女を見ていた。「何が楽しくて生きているんだろう?」って。

 そして教育実習が終わって1ヶ月が過ぎた頃、彼女が自殺したって聞いたの。

 「どうして私はあの子に話し掛けてあげなかったんだろう? どうして悩みを訊いてあげなかったんだろう」って後悔したわ。だから教師になったの。子供たちの話相手になってあげたくて。

 勉強を教えるだけが教師じゃないと思った。子供に寄り添う、ちゃんと話を聞いてあげられる先生になりたかった。

 清彦はどうしてお医者さんになったの?」

 「僕は子供の頃小児喘息でね、よくドクターやナースにやさしくしてもらったからです。よくある単純な動機です。

 研修は救命救急を希望しました。最前線で命を救う医者になりたいと思ったからです。

 それに多くの患者さんの症例と向き合うことが出来ると思ったからです。

 でも実際にそこで働いてみると、そんな理想を考えている余裕はありませんでした。

 救命にやって来る患者さんの7割は命に関わるような状態ではなく、テレビドラマのようにいつも緊迫しているわけではありません。ただし、残りの2割は医者の判断ミスが生死を分けるんです。

 そしてさらに残りの10%は助からない、手の施しようがない人たちなんです。 

 私は救命救急を経験して小児外科医になるつもりでしたが断念しました。

 怖くなったんです、死んで逝く人を見るのが。

 忙しさのあまり名前も覚えていない。僕はいつの間にか怪我や病気の状態だけを診て、人を診ない医者になってしまいました。

 小児病棟でいつもぎりぎりの状態でがんばっている子供は子供ではないんです。大人なんです。

 周りに対して気遣いが出来るんです。幼稚園くらいの子供がですよ?

 苦しくても親の前では苦しいとは言わない、自分が苦しいと言うと親が悲しむからです。それを申し訳なく思うんですよ、あの子たちは。

 そして僕はその子を治してあげることが出来なかった。そして子供は死んでいくんです。

 小児外科医や産婦人科医は研修医からは嫌われます。多忙で責任が重いからです。だからなり手が少ない。

 皮膚科や泌尿器科を希望する医者が多い、死に直結することがないからです。

 私は内科医になりました」

 「そこで亡くなられた奥様と出会ったわけね?」

 「そうです。彼女はとても優秀な、僕の憧れの先輩女医でした」

 「それでしちゃったわけだ?」

 「弥生には子供はおりませんでしたが結婚はしていました。

 脳外科医の旦那さんと」

 「えっー! 不倫してたの!」

 「僕は最低の男なんです」

 「でもしょうがないんじゃない? 好きになっちゃったんだから。

 好きになった人にたまたまご主人がいた、ただそれだけでしょう?」

 「彼女とはすぐに別れました。やはりそれは許される愛ではないからです。

 それから彼女は奈々を出産してすぐ、ご主人と離婚しました。

 そして彼女から離婚したことを告げられた私は弥生と奈々と家族になりました。

 奈々が中学3年の時、妻は死にました」

 「もしかして奥さんが亡くなったのは「自分のせいだ」なんて思ってはいないわよね? それはもちろんあなたのせいじゃないわ、それが奥さんの寿命だったのよ」

 「静香先生はやさしいんですね? 僕は妻が治らない病気であることを知って結婚しました。

 それは義務ではなく、残された時間を妻と一緒に過ごしたかったからです」

 「愛していたのね? 奥さんを。でもそれで再婚しないのはおかしいと思う。

 だったら連れ合いを亡くした人はみんな、死ぬまで独身でいなきゃいけないわけ?

 そんなのおかしいでしょ? 人生100年時代なのに?

 独りで死んで逝かなきゃいけないの? 私は孤独死なんて絶対にイヤ。

 清彦が私よりも先に死んだら男作って再婚しちゃうもん。

 そんな女はイヤ? 軽蔑する?」

 「その方が安心ですよね?」

 「でしょう? 亡くなった奥さんだってきっとそう思っているわよ、天国で。

 だって自分を愛してくれた男にはしあわせになってもらいたいでしょう? 少なくとも私はそう思うけど。

 そして人はいつか必ず死んじゃうんだから」

 「そうなんでしょうか?」 

 「そうに決まっているわ。まあ取り敢えず寝ましょうよ、この話の続きはお布団の中でしましょう」

 

 そしてその夜、清彦と静香はそういうことになってしまった。


 「ああ 清彦~、ステキ~!」

 



最終話

 私は無事に医学部に合格することが出来た。

 私はまだパパを諦めることが出来なかった。

 医学部にはイケメン男子が沢山いたが、みんな子供に見えた。


 

 「奈々、医学部合格おめでとう。奈々ならきっといい女医になれるよ」

 「ありがとうパパ。私も内科医になるつもり。パパとママみたいないい内科医に」

 「そうか? ママも喜んでいると思うよ。

 今日はお祝いにしよう、いいお肉を食べに連れて行ってあげるよ」

 「やったー! お肉大好き!」



 パパとふたりだけのお祝いかと思ったら、静香先生も一緒だった。

 

 (まあ静香先生にも一応お世話になったしなあ)



 眼の前でフランベされ、肉が炎をあげて焼かれている。


 「カンパーイ! 奈々ちゃん、医学部現役合格おめでとう! 流石は私の娘だけのことはあるわ!」

 「先生の娘じゃないけどありがとうございます。先生のおかげありますもんね? 合格出来たのは」

 「何よその「先生のおかげ」って?」

 「まあ私の実力ですからね? 合格出来たのは モグモグ」

 「それはそうよね? 奈々ちゃんは本当に凄いわ、でも本当に良かった、これで心置きなく結婚出来るから」

 「先生結婚するの? モグモグ 誰と?」

 「あなたのパパとに決まっているじゃないの」

 「またまたご冗談を。モグモグ」

 

 するとパパが言った。


 「本当なんだ。僕は静香先生と結婚することに決めたんだ」

 「ウソ。ウソよね? 今日はエイプリル・フールじゃないわよ!

 ウソでしょ? ウソだと言ってよパパ!」

 「本当なのよ、私たちもう婚約をしているの。ほら」

 

 静香先生は左手の薬指に輝く婚約指輪を私に見せた。


 「パパも先生も大っ嫌い!」


 私は店を飛び出した。




 パパがすぐに追い駆けて来て、私の手を掴んだ。


 「奈々、僕の話を聞いて欲しい」

 「何も聞きたくない! パパのバカ! ママを裏切ったのね!

 どうしてあんなオバサンがいいのよ! そんなに結婚したいなら私と結婚してよ!」

 「だからそれは出来ないと言っただろう!」

 「どうして? 親子だから!」

 「そうだ、僕と奈々は親子だからだ」

 「えっ、本当のって何よ」

 「君は僕の本当の子供なんだ。娘なんだ。僕も知らなかった。

 先日、ママの日記を見つけたんだ。そこには奈々が僕の子供であると書かれてあった。

 ママがまだ結婚している時、僕と付き合っていた時に出来た子供だと告白していた。

 もしかすると奈々が生まれてすぐにママが離婚したのはそのせいだったのかもしれない。

 DNA鑑定もしてみた、そして・・・」

 「親子だと判定されたのね?」

 「そうなんだ。だから奈々とは結婚は出来ないんだよ」

 「そんな・・・」


 でも悲しくはなかった。ママは最後までその事実をパパにも私にも内緒にしていたのだ。

 女には墓場まで持って行く秘密があるというが、ママにも秘密があったのだと思った。


 (この素敵な男性が私の本当のパパ?)


 うれしかった。パパは私を強く抱き締めてくれた。


 「奈々」

 「パパ。お父さん・・・」

 「でもね、僕はその事実を知った時、凄くうれしかった。奈々が自分の本当の娘で」


 私とパパは抱き合って泣いた。




 私はパパを「お父さん」と呼ぶことにした。

 お父さんが静香先生と結婚したからだ。


 

 「奈々、学校に遅刻するわよ! 早く起きなさい!」

 「あと5分したら起こしてよ、静香先生」

 「静香先生じゃないでしょ? ママでしょ!」

 「ママはママだけだもん。だから静香先生は

 「奈々。いいから早く起きて顔を洗って来なさい! お父さんはもう病院に行ったわよ。

 朝食抜きは許さないから!」

 「はーい、お母さん」



            『パパじゃないけどパパが好き』完


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【完結】パパじゃないけどパパが好き(作品240604) 菊池昭仁 @landfall0810

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ