異世界に降り立つ

第6話 異世界の洗礼

 最初、僕はまだ目をつぶり暗闇の中に居た。

 

 最後に聞いた声……。

「帰って来た君の娘は、あの子が自分に会いに異世界へ行ったと聞いたらどんな顔をするだろう……」


 ――そんなの彼に関係ない。喜びの表情も哀しみの表情も、彼女の心の一部のあらわれにすぎない。それで彼女をわかったつもりに、彼にはなって欲しくない。


 僕は少しの苛立ちの中、目を開けた。


 天井に広がる、1つの絵。


 中心に輝く星と、まわりを囲む幾つもの星々。


 こんな絵を見ると何故、人は利き手を上げてしまうのか? 


 僕もご多分に漏れず、利き手で、その中心に輝く星を掴み取る様に手を掲げ、そしてこの絵を描いた画家が中心の星に託した思いを僕は掴む。


 そのお約束や宿命に、一人満足した僕は、上半身を上げまわりを見回した。


 木で作られた椅子が僕の倒れた緑の道、バージンロードに垂直に横に幾つも並んでいる。厳かな雰囲気、ステンドグラス高い窓、祭壇、その上へ置かれた蝋燭の燭台、どう見てもここは教会だった。


 起き上がり体をはたく、汚れ具合からみて、あまり使われていない教会かもしれない。


 教会の入り口へ向かうと、入り口の扉に、はめ込まれた幾つもの小窓こまどから、外を見る事が出来た。


 玄関からの先は石畳の道が長く続き、おまけにレンガで作られた建物の壁も見る事が出来る。


 ――こんな場所は、ヨーロッパをベースとした、テーマパークでしか見た事がない。やはりもうここは、異世界なのかもしれない。看板が1つもないテーマパークなど、見た事がないからだ。


 扉にもたれて再び、座り込む。


 ここを出るのは人通りの多い昼がいいか、それとも人通りの少ない夜がいいか考えた。僕の鞄の中には、食べ物はない。なら、動けるうちに動ける昼、怪しまれても夜の様に恐怖にかられた相手から殺される恐れの低い昼に、動くのがベストの様に思われた。


 そう思い立ち上がった時、教会より遥か遠いどこかで、花火の様な音がした。


 入り口まで行き扉の外を覗くが、この小窓こまどからではレンガの壁しか見えず、狼狽うろたえている間に、次の花火の音が鳴った。


 辺りを見回すがステンドグラスか、高い位置にある窓しか見つけられない。花火なのかそれとも何かの攻撃なのか、一定間隔でその音が近づくと共に、外から罵声ばせいが飛び交うようになった。


 全ての声は何を言っているのか、どこの言葉なのかもわからない。言葉を聞き分けている間に、この城からだろう大きな花火の打ち上がる音とボァフォと言う破裂音が聞こえた。


 その音に気を取られたすぐ後、最初は繰り返し使われているだろう、単語の意味がわかりだした事に気付いた。そして単語の意味が、明確になると彼らが、兵の用意を急いでる事とそれを司令官に伝達している事が雰囲気でわかった。


「レン殿が、通られる道を開けろ!」


 教会の直ぐそばで、声が聞こえた。その言葉を僕はもう普通に理解出来ている事に、僕はまず驚く。


 そして多くの足音も聞こえる。その足音は僕の居る教会に向かっている様に思えた。


 僕は玄関の下の死角に、隠れやり過ごそうとしたが、鍵の開く音の後、扉は開き、僕は思いっきり扉に左半身をぐいぐい押された。


 仕方がなく後ろに僕が退くと、扉は大きく開かれ、ブロンドのおかっぱの頭でざっくりとしたファンタジー漫画でよく見るような上着を身に着け、その下にタイトスカートを履いた女性が「ごめん、ごめんそこにいたんだね」と言って入って来た。


「初めておめにかかる、勇者殿、わたしがギルド監督のレン ホルンだ。よろしく」


「ぼくは草薙 ハヤトです。よろしくお願いします。……僕は、やはり勇者なのですか?」


 彼女は右手を差し出し、僕もそれに応じて握手をしながら、彼女は教会の中を見回すと「そういう事を話すのは、ここでは落ち着かないだろう。サロンを用意したので、そこでゆっくりと話すと事をお勧めするよ。まぁ、君が今ここで聞きたいというのなら私は喜ん付き合うよ。で、どうする?」


「では、サロンで」


 ――きっとあくびが出る位長い話が、待っているのだろうそれを考慮して埃ぽいここより、接待の用意されているだろうサロンを選んだ。


 僕と彼女は教会の外に出ると、怖そうな兵の一団が扉の外に並んでおり、多くの目が出て来た僕をギロリと睨んだ。


 彼女がこの兵士達の監督なら彼女はどれだけ強いのか? 今はのんきに彼女は、教会の鍵をかけている。


「さぁ、行こうか」


 彼女は僕の横を並んで歩き出す。普通にデートをしている様な気軽さだった。


 そんな彼女と歩いて行くと、教会が大きな建物の横に建てられた建物の1つであった事がわかる。そこ建物はレンガでつくられているが、1階より上の部分に渡り廊下まであり多くの技術が使われているわかった。


 植えられた観葉植物、数々の石像、そしてこの建物の中心だろう、噴水の所から見上げるとその広大な全体像がやっとわかった。


 ここはヨーロッパなどの様式で作られた城の様だ。名前は、よくわからないが、尖がっている。屋根が尖がっているのである。物見台? 塔まである。


 噴水から曲がり、城に入ろうとした時、日本武者の像が目の端にとまった。この城には、明らかに不釣り合いな。


「あぁ……彼かい? 日出ひいずる国から来た勇者と伝説に残っている。」


「現在の魔王と最後に戦った勇者として有名だが、こちらへ帰って来た彼を見た者は誰も居ない。勇者だった彼と同行を共にしたのちのフェイリス王と、サラ王妃は、遺体となって城の石畳にうち捨ててあった状態であっても、彼らは帰ってきた。ただ彼らと共に魔王に挑んだ勇者の遺体だけは帰らなかった。彼には召喚後、大立ち回りした逸話は残っているが、仲間の遺体をそのままにしておく程、情がないわけでもなかったらしい。彼について残っているのはもう『よしの』と言う名前と石像とそれらの逸話だけ。彼と戦った魔王は、今だ沈黙を貫いている。だから今なお、よしのと言う勇者が魔王を剣で縫い留めているという逸話も出た位の不思議な人物だ」


 ――携帯電話を持ち、webチケットを購入出来る位日本を謳歌している魔王と僕の好きな彼女はあの青い鳥を「よしの』って言ってなかっただろうか?……。僕は目をつぶり、ここは何も知らない振りをする事にする事に決めた。真実は時に、知らない方がいい事もあるのだ……。


 城の中まで入って行くと、もはや観光気分だった。廊下にひかれたふかふかの絨毯も、大きな飾り窓も、風通しの為にか開かれた部屋、どれも豪華な造りで見ごたえ満点だった。


 そしてやっとサロンと思われる。テーブルクロスで覆われた丸い机が幾つも置かれ、金で縁取られた豪華な刺繍のされた椅子が、机に備え付けられた部屋についた。


 食器棚には幾つもの銀食器が素晴らしいインテリアとして飾られている。ホテルのラウンジの様な部屋がそこにあった。


 そこでは幾人もの着飾った人々が、座って居た。


 僕は、その中の中央の机に案内されると、素敵なクッションの椅子に腰掛けた。


宰相さいしょうのダイジスだ」


 サロンの扉から僕達が見守る中、部屋を渡りテーブルの僕の対極に立った人物は、そう名乗った。


 体の線が細く、頬もこけているが、ギロッと僕を見る眼光だけが、やたらと鋭く僕を威圧感する。そんな印象を受けた。


 僕は、レンさんがそうした様に、彼に握手を求めるべきか迷いながら椅子から立ち上がり、彼の方へ一歩進み出ると、室内の空気がピリついたものに変わった事に気付いた。


 僕は、僕の椅子を掴み動揺を隠せないでいた。その部屋に居てただくつろいでいるだけと、思っていた人々の全てが、僕の一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくに神経を尖らせていた事に気付いたからだ。


 レンさん、彼女は、そんな僕の顔を見てバツの悪い顔をした。


「すまない。勇者殿に、そんな顔をさせるつもりは無かったのだが、流石にこの城の兵士達も演技まで一流ってわけにはいかなかった様だ。でも、ふたたび勇者を、暴れさせるわけにはいかないのでね。それに備えるのも、彼らの立派な勤めだ。それはわかって貰えないだろうか?」


「あっ……それについては、僕もわかります。それにちょっと驚いただけです。僕については気にしないでください」


 そう言って僕は、椅子腰掛けた。敵意は、すぐには立てない程には、精神的に僕を疲れさせた。


「勇者殿も少し疲れているだろうし、友好関係は個人的に築いて貰う事にして、一旦兵士の皆さんには退席して貰うことにしよう」


 サロンに居た一人の人物が、僕らに頭を下げ退席すると、残りの人々も僅かな音だけたてて退席していった。そして宰相のダイジスさんもそれに続こうとした。


「ダイジスさんまで出て言ったら、私が困るよ。城の関係者として残ってくれなきゃ」


「私は、忙しいんだが……」


「だからって部外者に、全部任せないで、記録はそっちが残すって約束でしょう?」


 彼は納得出来ないという気持ちを、全面に出して座り、レンさんは飄々ひょうひょうとそれを受け流していた。


 彼らは、勇者に何を望むのか僕はまだ知らない。剣と鎧だけ持たせて、城から放り出すのか。ギルドに所属させ仲間を募らせるのか異世界に来たばかりの僕には知るよしもなかった。


           続く

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