第9話
リーベと違い、魔商ギルド本部は貴族が大半を占めて働いている。
平民もいたが貴族の血筋だったり、大変裕福な出だったり都会育ちで、ルーズとは何もかもが違った。
それでも魔力量は貴族並み以上あったためか表立って差別のような空気はなかったが、歓迎されたムードとは遠かった。
皆よそよそしく、移動した初日はまともに会話ができず挨拶をする程度で終え、帰宅後にちょっとだけ枕を濡らすことになった。
まず、共通点がなさすぎた。
前にいた支部では、一般的に長年流通している生活魔法具の調整が主であった。
本部のように複雑な最先端の魔法具など触ったことも見たこともなく、分からないことだらけだった。
教育係の先輩もルーズの物知らずさに頭を抱えた。
規模が違うだけで仕事内容は同じだと聞いていたルーズも頭を抱えた。書類上で言えば、本部でやることも支部でやっていた魔法具の検査で同じではある。
ただし支部では年季の入った魔法具の不具合の検品であって、本部のように最先端の魔法具が安全かどうか欠陥品か検品するのは同じではないだろう。
ルーズは勝手が違いすぎ、先輩の話にしがみつくので精一杯の初日を終えた。
本部勤務2日目。
憂鬱気味に仕事をしていたところに、声をかけてくれたのが上級魔法士のライザックだった。
『ルーズちゃんてリーベの街で優秀だったんだって?
今ちょうど面白い魔法具がこっちの部署に修理に出されてるんだけど見にきなよー』
にこにこと人好きのする笑顔で、ルーズに声をかける男性。
まだ会話をする相手がいないルーズは自分に話しかけられていることに気付かずに淡々と目の前の書類を確認し続けた。
『あっれー?
おーいルーズちゃーん。
おーい?』
何度か呼ばれ、やっと自分のことかも?と思ったルーズは分からないことだらけの書類から顔を上げると、優しそうな男が、すぐそばで手を振っていた。
思った以上に近いその距離に驚き、座ったまま一歩引くという奇妙な動きになってしまった。
『急にごめんね、優秀な子が来たっていうから気になっちゃってさー。
俺は上級魔法士のライザック。よろしく』
可愛い後輩ができて嬉しいよと笑った彼の顔に、憂鬱な思考が薄まる気がした。
書類と睨めっこしていたのに気づいたらしいライザックに、何をそんなに真剣に見ていたのかと聞かれ、初めて見る魔法具の扱いや規則ばかりで覚えている途中なのだとルーズは答えた。
『あー支部だとこういうの扱わないのか。
それじゃ分からなくて当然だよー』
それからライザックが『支部と扱う魔法具が違って分からないことが多いみたいだから助けてあげてね』と周りの人たちに言ってくれた。
おかげで、基礎的なことを教えてもらえることになり円滑に仕事が進められるようになったのだった。
『困ったら俺を頼って』
ライザックと一緒にランチをするようになり、いつもそう言ってくれた。
ルーズが信頼を寄せるようになったころ、ディナーに誘われて、『付き合っちゃおっか』軽い感じで告白された。が、信頼していた相手だったため何も疑わず舞い上がって二つ返事で即答した。
付き合ってからはルーズの仕事が忙しくなりギルド内では話さなくなっていたが、彼の帰りを待って一緒に帰って食事をしたりしていた。
既婚者のくせに何が付き合っちゃおっか、だ!
ライザックの見せかけの優しさにうっかりコロッとやられてしまった自分が憎めしい。
あー本当に迂闊だった。
なんで騙されたんだろう、悔しすぎる。
あああでもそれにしたってクビって、酷くない?
移動で元に戻してくれたら良かったのに
ああ最悪だ…
キラキラ反射する川を眺めながら、ぽたぽたと水嵩を少しずつ増やすついでにふぅーっと黒い息を吹きかけた。
陽の光と川から反射したキラキラが暗闇にあたるとぼやけた輝きになり案外綺麗に見えた。
『暗闇でも綺麗じゃん』ぽつり呟き、泣きながら笑っていたら、幼女に声をかけられたのである。
『あなた、今幸せ?』
と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます