第10話
間違いなく今私は幸せではない。
周りから見ても絶対に幸せそうには見えないだろう。
そうはっきり断言できる自分にまた涙が止まらなくなりそうだ。
『え〜っと、あなたもしかして、私に言ってる?』
念の為聞いてみると、幼女が頷いた。
推定5歳くらいのくるくるした銀色の巻き髪を風に靡かせ、透き通るような緑色の輝く瞳は一直線にルーズを見ている。
上質そうなワンピースを着ており裕福な平民、にしては立ち姿勢の綺麗さが雑踏の中で浮いており貴族の可能性が高い。
お付きの人はいないかなぁと辺りを見るがそれらしい人はおらず、1人のようだった。これは困った。
このままでは仕事をクビになった崖っぷちの女が身代金目当てに企てた誘拐犯と間違われる。
なんで親御さんはこんな可愛い、いかにも裕福そうな格好をした子供を1人でお家から出したの…
泣かれでもしたら一発アウトだ。
職場からのクビどころではなく社会からのクビ宣告が確実である。
幼女が脱走してしまったのかもしれないが、脱走させるなというものだ。何かあってからでは遅い。
この子にとってもだが、巻き込まれた人間のことも考えて欲しい。濡れ衣で捕まったりした場合辛すぎるではないだろうか。
ルーズは慎重に言葉を選びながら答える。
貴族だと気付かなかった体でやり過ごそうと。
『私はあんまり幸せじゃないかなー?
貴女誰かと一緒にここに来たの?ちゃんとお家まで帰れるかしら』
どうか近くに人がいてくれ、心の中で祈るように幼女に尋ねた。早くこの場から逃げ出したい。
『あら、そうなの?ああいう魔法は幸せじゃないと出せないって聞いたのに。
あなたが泣きながら黒い綺麗な魔法を使ってて不思議だったの』
幸せじゃなくても綺麗な魔法は出るのね…幼女は下を向き手を頬に添えて考えるように独りごちていた。
やがて、ぱっと顔を上げると先ほどまでのあどけない顔から貴族特有の傲慢そうな顔つきに変わっていた。
『あ、それと私迷子よ。お姉さん良かったら助けてくださる?』
あまりに堂々とした迷子宣言に一瞬呆けてしまったが、理解した瞬間にルーズは全身から汗が吹き出した。
嫌だ、瞬時に拒否をしたかったが、声が出なかった。幼女の顔を見た瞬間喉が閉じたのだ。体が勝手にやった防衛本能に近い。
形式上こちらに拒否権があるような言い方だったが、否と言わせない威圧感を放ち、きっとここで逃げたら確実にルーズは捕まる。その映像が瞬時にやけに真実味強く頭の中に流れた。
聞いたこともない、柔らかな口調での絶対的な命令。
幼女なのに既に出来上がっている…貴族恐るべし。
小さな権力に慄いていると、それを了承ととったらしい幼女は満足そうに頷いた。
『助けてくれるみたいね。
ありがとう、じゃあ行きましょうか』
幼女はにっこり笑ってルーズの手を勝手に取り、家に帰るはずだった向きから反対に振り向かさせる。
なんとか遠かったはずだった行きたくもないギルドの方へと一歩また一歩と逆戻りが始まった。
水に溶け込みたいと思うほどに暗く沈んでいたはずが、何故今貴族の子供に声をかけられ、手を引かれているのか。
これが現実かどうかすら不明になった混乱する頭で、ルーズは惰性的に足を動かした。
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