第3話
部長は目敏く、ルーズの握りしめた拳を見つけると露骨に溜息を吐いた。
『はぁ〜なんだそれ。逆ギレでもするのか。
さっさと荷物を片付けてギルドから出ていくんだな』
言いたいことを終えたようで、用済みとばかりにしっしっとまるで野良犬を追い払う手つきにルーズの全身に力が入る。
最早、交際相手に騙されていたことよりも理不尽なこの仕打ちに、怒りと憎しみを叫んだ。
『ふざけんなっ一方的にこんなの許されるわけない。
ちゃんと調べろ。
こんのクソジジイ!!!』
身を乗り出し今にも殴りかからんばかりのルーズの勢いに、いつの間に集まってきた人々が駆けつけ体を拘束した。
それでも叫び続けたルーズに数人がかりで床に押さえつけ黙らせようと怒鳴りつけた。
自業自得
身の程知らず
さっさと帰れ
早く辞めろ
口々に出る言葉は全てルーズが悪だと決めつけた内容だった。
痛い。痛い。
私が何をした?
私が悪いの?
誰か、
誰か助けて
強く願うが誰も助けてはくれない。
かろうじて少し動く頭をひねり誰かを探す。
部長室の外側から見ている傍観者たちは、口にこそ出さないがこの状況を喜劇のように楽しみ何かが起こることを期待した笑った目をしていた。
ルーズの周りには、ここに配属された時に仕事を教えてくれた先輩。
失敗した時に気にするなと言ってくれた年下の同僚。
分からないことがあれば聞きに来なさいと言っていた上司たちが今力づくで怒鳴っている。
一歩外で傍観しているのは、隣の席で仕事を助けてくれていた先輩。
毎日にこにこ挨拶してくれた受付のお姉さん。
部署が違う人が顔は知っていて挨拶をしたことがある人。
二週間。
彼らはたった二週間でルーズを職場の仲間という分類から蔑む相手または見世物としたのだ。
ねじ伏せられ床に頭を押し付けられるように数人に拘束され好き勝手なことを聞かされる。
休む前まで一緒に働いていた人たちから明確な線を引かれた態度に浴びせられる言葉に悔しさが込み上げた。
なんでなんで、さらに混乱が増していくにつれ周りからの非難がきつくなっていた。
自分たちの頭の凝り固まった正義を信じる彼らには、ルーズの頑なに非を認めず暴れる姿が見苦しく映っていたのだ。
ルーズがここに配属される前の街で優秀だったと聞かされたギルド職員たちは、どんな偉ぶったやつが来るかと戦々恐々としていた。
だが、来たのは案外普通の女の子で、誰もが拍子抜けしたのだった。
普通だ。
そして、こ ん な も の か と皆が皆無自覚に心の中で見下した。
だから皆普通に優しくできた。
後輩、同僚、部下として接した。
長い月日が経てばルーズ本来の人柄が好まれるようになったかもしれないが、まだ三ヶ月。
完全に信頼を得られるには時間が足りていなかった。
普通にしてやっていたのに、裏切られた。
それが、彼らから見た歪んだ真実だった。
ルーズには一生分からない理不尽な真実だろう。
怒鳴られ罵られる時間が何十分、何時間経ったか感覚が麻痺し始めて、ふと気づいた。
ああなるほど。
ここには…私には味方がいない。
プツッと何かが切れた。
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