勇者の遺産の相続先に困っています
AZマスター
勇者の遺産相続会議
50年前、勇者によって魔王が倒された。
勇者は王都を凱旋した後、
「もう疲れた」
と言い残し、魔王城に引きこもった。
そんな彼の死亡が確認された。死因は老衰、御年70歳。勇者には家族がいなかった。
結果、相続人が指定されてない魔王城、そこに蓄えられた莫大な財宝が残った。
◇
王都レガック
勇者の生まれた国であり、ここで勇者の遺産相続会議が行われることとなった。集まったのは約100人。ここにいるということは生前の勇者と関わりがあり、自分にこそ財産の相続権があると主張しているということであった。
午後3時30分 会議開始。
まず最初に口を開いたのは、レガックの王である【イサン・ホッシーナ4世】である。
「そもそも勇者が生まれたのは我が国であり、相続人が指名されてないのであれば我が国が相続するのが極めて妥当である。そのため...」
「ちょっと待てい」
話を遮ったのは筋骨隆々のドワーフであった。彼の名前は【カーネ・クーレ】、魔王討伐時の勇者のパーティでタンクを務めたこの世界でも指折りの実力者である。
「あんた、我々パーティが魔王討伐に出発するときに何を渡したか覚えているか?
ただの木の棒とたったの100Gだ。100Gじゃあ鋼の剣すら買えねぇ。ガキのおつかいじゃねえんだぞ。よくそれで堂々と勇者の遺産の存続なんて言い出せるな。本当に遺産を相続する資格があるのは俺ら、勇者と苦楽を共にしたパーティメンバーなんだよ!」
「そうよそうよ!」
同調するのは同じくパーティメンバーで魔法使いを務めた【マニー・タノム】である。彼女は人間であるため、実際は70代のはずだ。しかし、魔法のおかげか外見年齢は25歳程度に落ち着いている。
「違うわ!」
続いて声をあげたのは老婆であった。名前を【シャッキン・アール】という。
「私は勇者の幼馴染よ!彼と同じ村出身で小さいときから一緒に育ったの。彼は言ってくれたのよ、『将来はアールちゃんみたいな人と結婚したいな』って。つまり私は実質妻!遺産は私がもらうわ!!」
「あなたが妻?馬鹿らしい」
異論を唱えたのはサキュバスであった。サキュバスは知能が高く、魔物の中では珍しく人間と共生しているのだ。夜のコトにおいては紳士から絶大な人気を誇る。
「あなた誰よ?あなたみたいなビッチ、彼が関わるはずがないわ!!」
幼馴染(自称)であるシャッキン・アールが反発する。
「私の名前は【オカネ・マッキアゲール】。勇者様がこの世で一番愛した女よ。彼が最も長く滞在した街、クウネールで私と彼は愛し合ったのよ。私の豊満なこのボディで魔物討伐で疲れ切った彼の体を沢山ゲンキにしてあげたのよ♡。一番彼を支えたのはこの私、つまり遺産は私が貰うべきものよ!」
「まったく、汚らわしい」
「何?誰よアナタ」
「儂の名前は【サギ・ヒッカッカター】。勇者に剣術や魔法を叩き込んだ、つまり彼の師匠じゃよ。儂がいなければ彼は魔王を倒せなかった。魔王を倒せたのは儂のお陰じゃよ。そうであれば、魔王を倒したことで得た財産は儂にも存続する権利があるはずじゃ」
こうして、空虚な会議はひたすら続いていった。
◇
ここは天界、死者が転生する場所である。
一人の青年が会議の様子を眺めている。
「はぁ....」
「どうした?そんな辛気臭い顔して」
「あぁ、魔王さん。見てくださいよ、この有様。僕の遺産が欲しくてみんな躍起になってる」
「やっぱり人間は愚かだねぇ....」
「こういう事が苦手で僕は隠居したんですよ」
「勇者は世界を救った後も大変そうだな」
死後の天界に若い肉体で転生した勇者と魔王は、初めて武力ではなく言葉で語り合った。結果、すっかり意気投合したのだ。
「まったくですよ、こんなことになるなら財宝なんて処分すればよかった」
「いや、一応俺様の魔王時代の財宝も含まれているんだけど....!?」
「魔王さんには申し訳ないですけど、流石に嫌ですよ。僕を沢山助けてくれた仲間たちがこうもお金のことで争い合うのは。見ていて辛くなる」
「じゃあ、なんで遺言を残さなかったんだ?」
「誰か1個人に渡すには量が多すぎるし、みんなで話し合ってほしかったんですよ。もう武力の時代は終わりです。このくらい話し合いで決めてもらわないと困ります」
「俺様としても武力の時代の終わりは喜ばしいんだけどねぇ」
実は、魔王も勇者も『争いをなくすこと」を目標に戦っていたのだ。両者がこの事実を知るのはお互いの死後であった。
「このまま放置するのか?」
「そうですね、しばらく様子を見ます」
その後、1時間経っても2時間経っても、1週間経っても会議に進展はなかった。ひたすら、自分の事しか考えていない輩が熱く自分語りをする。会議は永遠に平行線であった。
「これはもう駄目なんじゃねぇか?見ていて俺様までしんどくなってきたぞ」
「そうだね、少し人類には早すぎたらしい。魔王さん、財宝処分していい?」
「別にそれは構わないが....お前、アレを使う気か?」
「使うよ」
生前、善行を重ねた死者には笛が与えられる。その笛を吹くと、一度だけ現世に帰ることができる。
「流石にもったいなくないか?」
「仕方がないよ」
「たしか滞在時間は魔力の量によって決まるんだろ?いくらお前が勇者でも魔王城吹き飛ばしたら魔力切れになってすぐに帰ってくる羽目になるんだぞ?」
「構わない、このままでは遺産のせいでまたしても争いが起きてしまう」
「そうか。そこまで言うなら止めはしねぇよ」
ピイイイイィィィィ
笛を吹くと一頭の馬が来た。
「きゅ...きゅうり⁉」
現れたの馬はきゅうりでできていた。
「いってくるよ」
「あ...あぁ」
まさか現世に帰る手段がきゅうりの馬だとは。あまりに予想外であり、未だ魔王は動揺していた。
(逆になんで勇者は驚かねぇんだよ....)
そんなことを思っている内に、勇者は天界から姿を消していた。
◇
久しぶりの現世、風が心地よい。
眼下には魔王城が一望できる。魔王城は魔力体制が全体にかかっているというかなりエグい施設であり、財宝ごと消し飛ばすとなると....
「火力全特化の魔法か」
一つ、心当たりのある魔法がある。あの魔法ならきっと城ごと吹き飛ばせるであろう。範囲が大きすぎる上、魔力の消費が激しく生前一回も使ったことのないオリジナル魔法。
核魔法「
魔王城を黒い球体が飲み込んでいき、全て覆いつくした球体は破裂した。
ついさっきまで存在していた魔王城や財宝はすべてが無に帰された。
「この魔法、勇者っぽくないんだよねぇ。とりあえずこれで一見落着かな」
モォ〜〜〜
牛の鳴き声が聞こえ、後ろを振り返る。今度は茄子でできた牛が立っていた。
「バイバイ、現世」
まさか、世界との別れを茄子でできた牛に跨がって行うことになるとは。いまいち格好がつかないものだ....。
◇
相続会議の会場に一人の家臣が駆け込んできた。
「大変です!!魔王城が大規模魔法により勇者様の遺産事消滅したとのことです....」
騒がしかった会場が一変、静寂に包まれた。
「そ....それは本当なのか?」
イサン・ホッシーナ4世が恐る恐る質問する。
「事実です」
その言葉を聞き、その場に崩れる者、涙を流す者、一周回って笑い出す者、未だ信じられず固まる者。期待が大きかった分、失望も大きい。それから暫く、口を開く者はいなかった。
こうして勇者の遺産存続会議は幕を閉じた。
全員が狐に包まれたような感覚に陥って....。
勇者の遺産の相続先に困っています AZマスター @AZma5000
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