弐拾肆ワ『お前の母さん……。』

  誰にでも一つや二つ秘密にして

  おきたい事だってある。

  世の中には近所の人に決して話ては

  イケナイ事だってある。


  A団地の3号棟404号室に住むらんは母と

  2人暮らしだ。

  月に1回、休日にもうすぐ父となる

 (高利たかとしさんと呼ばれる男)人と3人で会い

  ご飯を食べたり、遊園地へ遊びに行く

  事があった。それが去年の話。

  年が明けた辺りからそれが一変した。

  月に1回のペースが2〜3回と増え始め、

  家に泊まり朝方帰る。

  時々怪我をしたまま会いに来る事も

  あってその度に心配され、小学2年生に

  なったばかりの瀾に怪我の手当をして

  貰っていた。


高利「いつも、ありがとう」


瀾「ううん。それより怪我大丈夫?」


高利「あぁ。大丈夫だ。美都子みつこは仕事か?」


  美都子とは瀾の母である。

  母の仕事はスナックバーだ。

  昼過ぎから明け方まで帰って来ない。

  瀾は高利に「仕事だよ」と伝えると

  瀾の頭を撫でて帰った。

  ある日、高利も来ない母も仕事で

  おらず家には瀾が1人で夕食を

  食べている時玄関のベルが鳴った。


 <ピンポーン> ……。

 <ピンポーン> ……。


  2回のベルで出るように母から言われて

  いるのでガチャリと玄関のドアを

  開けると、黒いスーツにサングラス、

  オールバックヘアーいかにもの極悪

  人面ヅラをしていそうな人物が瀾に母親宛

  だと言い手紙を手渡した。

  このやり取りが1週間程続き休日の

  ある日は母は一枚の手紙を読むと

  苦虫を潰したような顔をした。

  その後引きつった笑顔で、


美都子「瀾ちゃん、お母さんね。急遽仕事になっちゃた…。せっかくのお休みを2人で過ごせなくて本当にごめんね」


  そう言って瀾を抱きしめた後仕事着に

  着替え出かける。

  週明け月曜日、学校の帰り夕暮れ時に

  同じA団地に住む1号棟のおばさんに

  声を掛けられた。


おばさん「瀾ちゃん、おかえり。今日の晩御飯おばちゃんとこで食べなさい」


  手を繋がれ、そのままおばさんの住む201号室

  まで連れてかれ、

 「汚い部屋でごめんね。」と言いながら

  部屋のリビングに座らされ連れて来た

  理由わけを話す。

  午前中に強面こわもての黒いスーツと白い

  スーツの人が団地の周りに沢山いた。

  誰かを探しているようだったが夕方前

  にそのスーツの人達は一斉に帰って

  行った。夜1人で家にいる瀾が心配に

  なった為晩御飯くらいは一緒に食べて

  あげようと思ったらしい。


  団地では団地妻と呼ばれる奥様達が、

  自分達の身の回りや近所の出来事

  あらゆる情報を常に電波塔の様に張り

  巡らせ、情報交換という名の

  井戸端会議がいつも何処かで

  開かている。このおばさんも

  井戸端会議に参加してるのだろう。

  瀾の事は産まれた時から知っている。

  おばさんは晩御飯の支度をしている

  最中だ。すると玄関から「ただいま」

  の声が聞こえた中学生の息子が部活

  から帰って来た。


瀾「お邪魔してます、晩御飯に誘われまして…。」


中学生「そうなんだ。今日カレーだから好きなだけ食べろよ」


瀾「ありがとうござます」


  中学生の息子は自室へ行きカバンを

  置いて制服から私服に着替えリビング

  に戻って来た。そして瀾にこっそり

  内緒話を教えると言い出した。


中学生「お前の母ちゃん、浮気されてるかも。オレさこの前近所の公園で見たんだ。お前の高利父ちゃん、別の女の人と子供に会ってたぞ」


  瀾はとてもショックだった。

  数分後出来上がったカレーがテーブル

  に並べられた。一口食べ、ぽたりと

  一粒の涙が瀾の服にこぼれ落ちた。

  2人は慌てていた。カレーが辛く子供の

  瀾の口に合わなかっただろうかと思い

  あれこれと辛さを抑える食べ物や

  飲み物を出してくれた。しかし

  そうではないと首を横に振っている。

  瀾は二口めがなかなか喉を通らず、

  手に持ったスプーンをそっとカレー皿

  の端に置いた。

  おばさんに謝り帰り支度をしていたら、

  おばさんは申し訳なさそうに、


おばさん「ごめんね。よかったらお母さんと食べな」


  そう言って小鍋いっぱいにカレーを

  入れて渡してくれた。お礼を言い、

  家に帰ると母は家に帰っていた。

  部屋の照明を付けずただずっと窓の外を

  眺めたまま泣いていた。

  母がぼそりと話す。

  中学生の兄ちゃんが言ってた通り浮気

  されていたらしい。自分は後妻だった。

  続けて母は…


母「世の中にはね知らなくて良い事が山ほどあるんだよ。お母さんはね、その部分にちょっと触れてしまった。この先どんな酷い事が起きてもあなたともう1人の子供は守ってあげるからね」


  半年後前妻が過労とDVで亡くなり、

  親戚のいない前妻の子供を引き取る事

  になった。

  それからさらに1年後あんな恐ろしい事

  が自分達に襲いかかるだなんて…。

  DV男こと、高利を除くA団地3号棟

  404号室に住む3人はまだ知るよしも

  なかった。


  終

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