弐拾ワ『のっぺら親子』

  京都の御池町おいけちょうにある小さなお寺には

  『のっぺら親子』という妖怪が住んで

  いた。その妖怪の子供がお寺の境内で

  一枚の紙を拾い、母親へ見せる。


坊や「かぁーちゃん、見てぇ!こんなん拾った!」


婦人「くしゃくしゃの紙やないの。汚いから捨てなはれ」


坊や「でもぉ、ここ見てぇ」


  坊やは紙のしわを綺麗に伸ばした、

  するとどんぶりお椀にうどんの絵が

  描かれている。坊やはそれを指差し、

  無い目を輝かせていた。


婦人「美味しそうやねぇ、おうどん屋はんのチラシやなぁ。食べたいんか?」


  坊やはコクリと頷く。


婦人「せやかて。あてら妖怪は、和尚おしょうはんに外出許可貰わなあきまへん。駄目あかん言うたら諦めるんやで」


  親子は和尚がいる部屋に行き坊やが

  拾ったチラシを見せた。


婦人「和尚はん、お願いがあります、私ら2人でおうどんを食べに讃岐さぬきまで行かしてくれまへんか?」


和尚「…えぇよ。その代わり、儂にお土産をうて来てな」


婦人「⁉︎あ、有難うございます😌。ほな早速支度してきます」


  婦人は立ち上がり和尚の部屋を出て自分

  の部屋向かい出かける準備をしていた。

  コンコンと襖の扉を叩く音がする。

  坊やが襖の扉を開けた。

  和尚の右手には油性ペン(マッキー)を

  握っている。


和尚「お待ちなさい。お前さん達は顔が無い、いやちゃうな顔はあるがパーツがあらへん。そのまま店に行ったらうどん屋の店主が驚いて、コシの無いうどんが出されるかも知れん。一筆儂がお前達に顔を描いてあげるわ」


  和尚は気を利かせて、親子の顔に眉毛

  や鼻等のパーツを油性ペンで描いた。

  描き終えると懐から2万円の入った

  封筒を親子に渡した。


和尚「食事代とお土産代と移動費やで足りるやろか?」


婦人「充分じゅうぶんです。むしろ多いくらいですぅ」


和尚「残ったら返してくれたらえぇ。いつもになっとるからたまには気晴らしに行っといで」


  そう言って深夜0時、和尚は親子を

  見送った。

  和尚が先ほど述べた世話になっている

  とは、境内の掃除を毎日している

  事である。

  この世界では視える人間と妖怪が互い

  に手を取り【平和条約】を結んでいる

  限り互いに手を出さない条約が

  平安時代から現代まで約1200年間続いて

  いる。

  視える人間は妖怪に住む場所を提供

  する代わりに、妖怪はその場所を厄災

  から守らねければならない義務がある。


  親子は最寄りの京都駅に来て移動中に

  食べるお菓子と羊羹を手にしていた。

  親子が乗るのは人間が乗る列車では

  無く、妖怪専用だ。

  切符の代わりに羊羹を1本買ってお供え

  するとどこまでも乗せてくれるらしい。

  ただし食べれ切りサイズの1切れだと

  1駅しか乗せてくれないので注意が

  必要だ。


  約4時間程列車に乗り目的地讃岐駅に

  着いた。

  駅を降りた瞬間、鰹と昆布の旨み成分が

  たっぷり出た、出汁のいい香りが駅中

  に広まっている気がした。

  それだけ駅の周りにはうどん屋が多い。

  チラシに書かれた地図を頼りに

  うどん屋に向かっていると、

  『たぬき』と書かれた暖簾がかかって

  いる店を見つけた。

  坊やが婦人と繋いだ手を離し、店へ

  走っていく。


婦人「坊や!危ないから待ちなさい!!」


坊や「かぁーちゃん。ここで食べよう!ここがいい!」


  店の扉をガラガラと横にスライドさせ

  開けると店主だろうか、狸が出迎えて

  くれた。


狸「い、いらっしゃ…!?クっ、クククク(笑)」


  狸は親子の顔を見るなり吹き出して

  爆笑している。店内のお客にも笑われ

  婦人はバカにされた気分になり店を

  出ようとした。

  しかし、狸が笑いを堪えて引き留める。


狸「お、お客さん。すんません💦お客さんの顔が…芸術的だったもんでつい…。それより何食べます?」


  狸に謝罪され、逆に店から出づらく

  なり婦人は空いている席に座った。

  狸はお腹に巻いた小さなエプロンから

  メモ帳を出し婦人達の注文をとる。

  おすすめは何かと聞くと

 『たぬきうどん』と答えたのでそれを

  注文した。

  数分後テーブルに注文した品が

  並べられた。親子は手を合掌し

 「いただきます」と言い食べ始めた。

  昆布と鰹、そして少しいりこが

  バランス良く合わさって、透き通る

  くらい薄い琥珀色の出汁。

  麺はコシがあり太さも充分ある太麺で

  素晴らしいのに何故か違和感がある。

  坊やが一口、二口食べ、悲しく落ち

  込んだ声で、


坊や「ちゃう。美味おいちぃけど知ってるのと違う…」


  坊やが油揚げが無いつゆが違うと駄々を

  こね始め、婦人がおろおろしていた。

  店の奥からお椀を持ってオーナー

  らしきむじなが現れ婦人のテーブルに

  新しいたぬきうどんを置いた。

  それは見慣れたたぬきうどんだった。

  短冊に切った味の染みていない油揚げ

  に九条ねぎ、天かす、蒲鉾が一枚、汁は

  サラッとしたのでなく少しとろみの

  あるあんかけになっている。


狢「お客さん、京都の妖怪でっしゃろ。すみませんね💦狸のスカポンタンが説明しなくて」


婦人「いえ、私らの勉強不足やさかい気にしないでおくれやす」


  坊やは狢が持って来たうどんを

  ずるずると啜りあっという間に

  たいらげ食べ終わってしまった。

  坊やは狢に向かい、


坊や「ご馳走様!めっちゃ美味ちかった」


狢「ありがとう…それにしてもお客さん達の顔えらい芸術的やな」


婦人「あの、どないな顔してますのん?」


狢「あぁ…その下手な落書きと言いましょうか…」


  狢の言葉は何やら煮え切らない感じで

  もごもごしている。狸が狢に手鏡を

  渡し狢が婦人に渡す。受取った婦人は

  無言のまま肩をプルプル振るわせ、

  顔を描き直したいと言い出した。

  どんな顔かと説明すると

 「へのへのもへじ」なのだ。


  狢は任せてくださいと言い店の奥に

  親子を行かせた。

  数分後顔を描いて貰った親子は

  うどん代を支払い店を出た。

  讃岐駅でお土産を買い親子はまた

  約4時間かけお寺に帰って来た。


婦人「ただいま、戻りました」


  和尚が部屋から玄関口まで出迎えて

  くれた。

  婦人と坊やの顔を見た和尚は爆笑して

  いたが、うんうんと頷いて綺麗に

  なったねと褒めてくれている。

  狢が描いた顔は江戸時代に流行った

  浮世絵の美人画だったという。


  終


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