玖ワ『小指』
「あなたは覚えていますか?」
あの日交わした約束を
神社の境内で遊ぶ着物を着た幼い子供が
2人いた。
1人は丸坊主の男の子、無地で紺色の
着物を着ている。
もう1人は黒髪のおかっぱ頭の女の子、
黄色い生地の袖先に梅の刺繍が
あしらわれている。
2人は境内の中央でお互い手の小指を
絡ませて
『指切りげんまん嘘ついたら針千本の〜ますゆびきった』
歌い終わりと同時にお互いの小指を
離す。
菊音と俊昌は約束を交わし
家路に帰った。
ー15年後ー
月日は流れ俊昌は20歳になり今は
大学生だ。男友達と遊ぶより女と
遊んでいる方が楽しかった。
ある日街でいつも通り大勢の女達に
囲まれて遊んでいると前から着物姿の
女性が歩いて来て俊昌の耳元で呟いた。
着物女性「約束覚えてないの?」
俊昌「え?何?」
振り向くと着物姿の女性は街の人混み
に紛れて見えなくなってしまった。
俊昌の女友達A子「とし〜どうしたの?」
俊昌「な、なんでもねぇ。皆んなでクラブでも行かね?」
女達は喜びワイワイと盛り上がった。
しかし俊昌だけは気持ちがモヤモヤ
していた。
約束?何の話だ。さっぱりわからない。
俊昌はクラブで踊りまくった。
変な女の事を忘れるために。
ー40年後ー
俊昌は60歳になった。
現在は親戚が経営している輸入会社の
部長であり一家の大黒柱だ。
大学生時代遊びすぎてろくに勉強して
おらず卒業するまで2年くらいかかった
のは情けない話である。
帰宅後自宅に小包みが届いていた。
俊昌の嫁「あなた宛に荷物が届いているわよ」
妻から手渡された小包みを自室の
書斎で開けると木箱が出てきた。
木箱の蓋は紐で結ばれていて簡単に
解けた。開けると…。
何十にも紙で巻かれた4cm程の
小さな棒と、梅の刺繍が施された
黄色い生地の切れ端、
そして手紙が入っていた。
手紙は後で読むにして、先に紙で
巻かれた棒を一枚一枚剥がしていく。
だんだん紙が赤黒く染まっていた。
最後の一枚を剥がすと中から腐敗した
何かが出て来た。
所々白い塊が見える。指だ。
細く短い指。手の小指に間違いない。
恐ろしくなった俊昌は指を一度
箱に戻した。手紙、手紙を読もう。
こんな気色悪い物を送りつけたやつの
手紙だ、きっと脅迫じみたことに
違いない。そう思い俊昌は手紙を
手に取った。
『前略 俊ちゃんお元気ですか?
あの時交わした日から随分月日が流れましたね。
俊ちゃんが全然来てくれないので私一度会いに行ったんですよ。
だけど俊ちゃん私に気づいてくれないんだもの。
俊ちゃんは私のことなんて忘れてしまったのね。
約束も忘れてしまったのね。
だから、俊ちゃんが思い出せるように
私と交わした右手の小指とお気に入りでよく着ていた着物の端切れを送るね。
愛しい、愛しい俊ちゃんへ 菊音より』
俊昌「菊ちゃん、ごめん。今思い出したよ」
俊昌は幼い子供の頃にした約束を
思い出した、だけど自分は約束を
果たすどころか忘れて破って
しまった。謝りたい、今はただ謝り
たいと思った。
送り主へ電話しようと思った瞬間
もう一枚ひらりと俊昌の膝に紙が
落ちた。
『追伸
これを受け取った時私はもぅ、この世にはXXXXXXX。』
手紙の文字が滲んでいて全く
読めなかった。
俊昌はその場に崩れ大粒の涙を
流したのだった。
終
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