十二章 レイヴィンの変化
一日パン屋の仕事を手伝ったローズはご機嫌で、レイヴィンは相変わらずの不愛想な顔で佇んでいた。
「今日はお手伝いして下さり有り難う。おかげで店長就任以来ゆっくり働けたわ」
「ふふっ。パン屋の御手伝い楽しかったわよ。こんなに楽しいならまたやってもいいわ。ね、レイヴィン」
「え……えぇ。まぁ……貴女がやるというのなら、お供するのが護衛のお仕事ですので」
ミラの言葉に笑顔で語る王女。ローズに声をかけられたレイヴィンはぼんやりした様子だったがすぐに返事をした。
「レイヴィンさんぼんやりなさって如何されたの? あ、もしかして初めてのお手伝いで疲れてしまったかしら」
「いえ。問題ありません」
心配するミラの言葉に隊長が答える。だが、その声にはどこか元気を感じない。
「レイヴィンさん本当に大丈夫なの? 何だか声にも元気がないみたいだけれど」
「……」
彼女の言葉にレイヴィンは黙り込んでしまう。
「?」
「……どうして、貴女達はこんな、生きている資格もない俺にそこまでいろいろと教えようとするのですか」
不思議に思い見詰めていると隊長が震える声でそう尋ねた。
「え? 生きている資格がないだなんて。そんなの変よ。誰にだって生きている意味はあると思うし、資格なんて必要ないわ。ただここに生きているだけでそれだけでいいのよ。もし生きているのに資格が必要ならレイヴィンさんにはちゃんとあると思うわ」
「貴女は何も知らないからそんなことが言えるんです。俺は、この俺は……」
ミラが戸惑いながら諭すように言うとレイヴィンが感情を押し殺した声で呟く。
「レイヴィンさんの過去に何があったのかなんて知らないわ。それでも、私は今ここでこうして出会えて、お友達……ではないかもしれないけれど、それでも、お知り合いになれて凄く嬉しいわ」
「……貴女には分からない。今の俺は、無価値なんです」
意味が分からないながらに答える彼女へと隊長がそう言って俯いた。
「あら、価値ならあるわよ。わたしの、このわたしのお付きである側近兵の隊長なんですもの」
「ローズ様」
話を聞いていたローズが胸に手を当てて話す。その言葉で顔をあげたレイヴィンが少しだけ目を見開き驚いているように見えた。
「パン屋で働かせて良かったわ。今日はレイヴィンの感情の揺さぶりが見れたからね」
「ローズ様……それは、どういう意味ですか」
にこりと笑う王女へと隊長が訝しげに尋ねる。
「ふふっ。貴方にもちゃんと芽生えてるって事よ。人としての感情がね」
「俺には、そのような物は――」
「ちょっと。不必要だなんて言わせないからね。ザールブルブの王室とオルドラの王室から貴方を預かる時頼まれたんだから。「人間」としての教育を受けさせてやってくれってね。人としての生き方を覚えるのに我が国の人柄は適しているからって」
少しだけ表情を歪め答えようとしたレイヴィンの言葉を遮りローズがそう言って笑った。
「あの、話しがよく見えてこないのだけれど」
「貴女が知る必要はありません」
一人だけ分っていないミラは疑問を投げかける。それにレイヴィンが一言で斬り捨てた。
「あら、いいじゃないの。ミラはわたしの友人よ。貴方の友人でもある。と言うことは知っていて貰わないとね」
「ローズ様……」
しかし王女が含み笑いで言うと、隊長がまた何を企んでいるのやらと言いたげな顔で呟く。
「ミラ、魔法生命体って知っているかしら」
「魔法生命体……過去に戦争なんかで駆り出されたあの魔法生命体の事」
ローズの言葉にミラは嘗てお婆さんから聞いた話を思い出しながら答える。
「そうよ。レイヴィンはその魔法生命体なの。かつてこの辺り一帯を脅かしていたザハル帝国が生み出した魔法生命体のうちの一人なの」
「え、それじゃあレイヴィンさんも戦争に駆り出されていたってことですか」
王女の話に驚いて彼女は尋ねた。
「そうよ。だからレイヴィンは人間との間に壁を作って自分に近づけないようにしているのよ。ね、これで分ったでしょ」
「そんな……」
「幻滅したでしょう」
ローズの話を聞いて体を震わせ俯くミラの様子にレイヴィンが淡泊に呟いた。
「っぅ! 私、ザハルの帝王が許せない。魔法生命体だって人間と何ら変わらない。生きている生き物なのに、道具の様に戦争に駆り出すなんて。そんなの、そんなことにレイヴィンさんが従わされていただなんて、もう怒りではらわたが煮えくり返るわ」
「!?」
怒りをあらわに怒鳴り散らす彼女の言葉に隊長が驚いて目を見開く。
「貴女は、俺が怖くないのか? 人を沢山傷付け殺して来た魔法生命体なんだぞ」
「それはレイヴィンさんの意思でやった事ではないんでしょう。私、レイヴィンさんとは出会って間もないですけれど、貴方が自分の意思で人を傷つけるような方ではない事を知っています。だから私はレイヴィンさんの罪を許し、貴方が人として生きれるように協力するわ」
感情を押し殺した声音で尋ねるレイヴィンへとミラは優しくも意志を感じる強い瞳で答えた。
「ミラ……」
「レイヴィンさん。貴方は道具なんかじゃない。人間(ひと)なのよ。わたしはそうあってほしいし、そうしてもらいたい」
彼女の言葉に衝撃を受ける隊長へとミラは優しく包み込むような微笑みを浮かべて語る。
「わたし達王室もそれを望んでいるわ」
「ローズ様……」
ローズの言葉にレイヴィンが二人の顔をじっと見詰め微かに口の端をあげた。
「有り難う御座います」
「「!」」
微かだが微笑んだ隊長の顔を見て二人は驚く。
「レイヴィン。今のもう一度」
「お願いします」
「何の話ですか?」
食らいつく様に近寄って来た二人に無表情に戻ったレイヴィンが尋ねる。
「いいから。もう一回」
「お願いします」
「無理ですよ。何のことか分からないのですから」
二人の言葉に隊長が淡々とした口調で答えた。
こうして微かだがレイヴィンの変化を見たミラ達は確信した。彼なら必ず人間(ひと)として生きていけれる日が来ると。
それはそう遠くない未来でのお話かもしれない。
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