十一章 ローズの思惑
翌日の早朝。ローズは本当にレイヴィンを連れてお店へとやって来た。
「それで、わたし達は何をやればいいのかしら」
「本当にお手伝いに来たんですね」
にこりと笑い王女が言うとミラは戸惑った顔で尋ねる。
「えぇ。お母様からの許可も得ているわ。それに、なによりレイヴィンの為でもあるの」
「え?」
彼女の耳元で囁きかけるローズの言葉にミラは不思議そうな顔をした。
「ほら、レイヴィンって誰にでも壁を作って、自分の内側に近づけさせないようにしているでしょ。騎士団の隊長としてはそれでいいのかもしれないけれど、でももっと人間らしく生きてもらいたいのよ。だからミラのお店のお手伝いをする事で何か心情に変化があればと思ってね」
「成る程。そう言うことならば協力します」
囁くように話す王女へと彼女は納得して小声で答える。
「二人してこそこそと何を話しているんですか。そんなことしている時間があるなら、早く開店の準備をした方がよろしいかと思いますが」
「そうね。それじゃあレイヴィンさんにはパンの陳列をお願いします。ローズ様はオープンの札に変えて下さい。私はパンを奥から持ってくるわ」
聞こえているのかいないのか分からないが、レイヴィンがそう言うとミラは笑顔でお願いした。
「えぇ。任せて」
「承知しました」
笑顔で答える王女とやはり硬い様子の隊長。こうして朝の準備を終えると今度はお店の中へと入り二人へと彼女は向きやる。
「ローズ様はパンが売れたら補充をお願いします。レイヴィンさんは接客をお願いします。笑顔で元気よくね。私はレジを担当するから」
「分かったわ」
「承知しました」
ミラの説明を聞いて二人は配置につく。無表情で強い顔のレイヴィンが接客できるか少し不安ではあったが、ローズのお願いもあったので見守るように彼の姿を見詰める。
「レイヴィンさん。大丈夫かしら」
「ミラ、おはよう」
「いらっしゃいませ」
呟きを零した時扉が開かれベティーが来店してきた。瞬時に反応した隊長が不愛想な顔で答える。
「え、レイヴィンさん? あ、あれ。どうして?」
「どのパンをお求めですか」
「え、えぇっと。ミラ、は?」
驚く彼女へと硬い表情でレイヴィンが尋ねる。その圧に負けそうになりながらベティーが何とか声を絞り出す。
「もう、レイヴィンさん。笑顔でって言ったでしょう」
「すみません。作り笑顔で宜しければそうします」
ミラの指摘に隊長が表情を崩さずに淡々とした口調で答える。
「はぁ……大丈夫かしら」
「ミラ、これは一体?」
小さな声を零していると困惑した様子のベティーが尋ねてきた。
「実はね……ローズ様の思惑でレイヴィンさんのあの、誰をも近づけさせない態度を何とかしようって事で、家の手伝いをさせることになったの。それで、少しでも彼に変化があればって事らしいわ」
「成る程ね。それなら私も手伝うわ」
耳打ちしたミラの言葉にベティーが頷く。
「それじゃあ、レイヴィンさん。ブレッドを二つとオレンジジャムを一つお願いするわ」
「承知しました」
彼女の言葉にすぐに動きブレッドとオレンジジャムを棚から取り出す。
「どうぞ……」
「有り難う。そうだわ、レイヴィンさん。少し世間話でも如何かしら」
無表情でパンの入った籠を差し出すレイヴィンへとベティーが提案する。
「お手伝いがありますので」
「そう言わずに。お店のお手伝いしているなら、客の相手をするのもお仕事の一つでしょ」
それを断る隊長に彼女はそう言って促す。
「そう言うことなら、少しだけですよ」
「この前、家のお店に新商品が入荷してね。それで、男性のお客様が来たのよ。でも女性向けの雑貨だったから恥ずかしそうに購入してね。如何して買ったのかって聞いたら、奥さんに頼まれたからなんですって」
何の感情もない言葉を聞いて、溜息を吐き出しそうになったベティーだが話し始める。
「左様ですか」
「奥さんが今出産したばかりで大変だから、自分が代わりに買いに来たって。とっても素敵な旦那さんよね」
「俺にはよく分かりませんね」
語り続ける彼女の言葉にレイヴィンが淡泊に答えた。
「もう。愛想よく相槌をしたり感嘆の言葉を述べたり、色々とあるでしょう」
「俺にはよく分かりません。それができるのは人間だからでしょう」
呆れてしまうベティーへと隊長が相変わらずの様子で返す。
「変なこと言うのね。レイヴィンさんだって人間でしょ?」
「……」
不思議そうに首をかしげる彼女へとレイヴィンの返事はなかったが、どこか悲しげに瞳が揺れる。
「「?」」
「俺は、人間(ひと)にはなれない。なってはいけないんだ」
その様子をミラとベティーは不思議に思い見詰める。その時無表情だったレイヴィンが初めて眉をひそめて少しだけ苦しげな表情で呟いた。
「レイヴィンさん?」
「もう、俺に関わってはいけない。関わらないでくれ」
「レイヴィン!」
不思議そうな顔で尋ねるミラの言葉が聞こえていないのか、二人へと向けて隊長がそう告げる。
そこにローズの大きな声が響き渡った。
「それよ。貴方のその表情が見たかったの」
「ローズ様?」
王女の言葉にレイヴィンが不思議そうに尋ねる。
「ふふっ。レイヴィンにもあるじゃないの。内に留めて外に出すまいと思っていた「感情」っていうものが」
「?」
ローズの言葉の意味を理解しかねたのか隊長が無言で彼女を見詰めた。
「さ、お仕事続けましょう」
「はい」
確かに感じ取ったレイヴィンの変化に嬉しそうに微笑み王女がそう言う。
それにレイヴィンもお手伝いをしていたことを思い出し頷く。
こうして二人は今日一日パン屋のお手伝いをしたのである。
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