七章 秋の使者とお芋パン

 季節は移り変わり秋になって色付くライゼン通り。一人の男性がパン屋の扉を開けて入って来た。


「いらっしゃいませ。満腹パン店へようこそ」


「あぁ。失礼するよ」


お客へと声をかけるミラに男性が答える。


「あら、貴方は……」


「いや、レイヤにこのお店のパンが美味しいと紹介されてな。それで、仕事の合間に立ち寄ってみようと思ったんだ」


男性の顔に見覚えがあったが、どこで会ったのか思い出せないでいると、彼がそう言って微笑む。


「女神様のお友達の方?!」


「あぁ。そうなるな。さて、何がいいのか……こういうことには疎くてね」


レイヤの友人と知り衝撃を受けるミラの横で男性がパンの山を見やり呟く。


「そ、それなら色々と見てお決めになっては如何でしょうか」


「あぁ。そうさせてもらうよ」


女神の友人と知り心を高揚させながら話しかける。それに男性が答え店内を見て回った。


「ん。このパンは……」


「あぁ、それはお芋を使ったパンです」


男性があるパンの前で立ち止まるとそれをまじまじと見詰める。その様子にミラは説明した。


「そうか。お前はこのパンになったんだな」


「?」


慈しむ瞳で微笑み呟く彼の言葉に彼女は意味が解らず不思議そうに目を瞬く。


「失礼。お嬢さん。こちらのパンを一つ頂こう」


「あ、はい。あの、それで。女神様のご友人様。貴方と私、どこかでお会いしたことありましたか?」


男性の言葉に答えながらミラは尋ねる。


「あぁ、そうだな。このお店では初めてだが祭事の時に会っている、というより見たことがあると思うぞ」


「祭事……あ、そっか。秋祭りの時の精霊役の方!」


彼の返答に一瞬考えた彼女ではあったがすぐに納得して驚く。


「俺は、クラウスという。お嬢さんがミラさんかな」


「あ、はい。私がミラです」


自己紹介してくれた男性へとミラは大きく頷き答えた。


「そうか、レイヤから聞いた通りのいや、それ以上に素敵なお嬢さんだな」


「す、素敵だなんてそんな……」


にこやかに微笑み語るクラウスの言葉に彼女は褒められて頬を赤らめ照れる。


「この街には毎年訪れるが、こんなに素敵なパン屋さんがあったとは知らなかった。レイヤに教えて貰えてよかったよ。また、パンを買いに来ることもあると思う」


「はい。どうぞご贔屓に」


「ははっ。そうだな。そうなると思う」


彼の言葉にミラはにこりと笑い答えた。それにクラウスが小さく笑い頷く。


「それでは、俺はこれで失礼するよ。お祭りを見に来てもらえると嬉しい」


「はい。必ず見に行きます」


彼の言葉に彼女は力強く頷き答える。


「では、これで」


「……クラウス様。レイヤ様のお友達……女神様のお友達だからか、とっても紳士的で素敵なお方だったな」


クラウスが出て行った扉を見詰めうっとりとした瞳で自分の世界に浸るミラ。


「ミラ、何時ものブレッドを……って、あんたはまた如何したのよ?」


「はぁ~。ベティー。私今すっごい幸せ~」


お店へとやって来たベティーがまたまた呆然と突っ立っている彼女の様子に驚く。


それにミラは頬へと両手を当てて幸せそうに微笑む。


「駄目だこりゃ。またどっかいってるわ」


「あぁ~。クラウス様」


溜息交じりに呟くベティーの言葉など届いていない彼女は一人の世界を浸る。


「もう、勝手にブレッド買って帰るからね」


「ふふふっ~」


彼女がそう言うとブレッドを取ってお金を置いて帰って行く。そんな様子に気付いていないミラは思い出し笑いを浮かべて過ごした。


彼女が正気を取り戻したのはそれから暫く経ってからである。


後日、クラウスが秋の使者として豊穣の喜びと祈りを捧げる儀式を見に行ったミラがいつも以上に彼の姿を目に焼き付けたのは言うまでもない。


それから暫く経ったある日の事。パン屋の扉を開けてお客が入って来た。


「いらっしゃいませ、ってあら。クラウス様」


入ってきたのはクラウスでミラは嬉しそうに微笑む。


「失礼するよ。この前のお芋パンとっても美味だった。それで今日はパンプキンパンがあれば頂こうと思うのだが」


「それならこちらの棚です」


彼の言葉に彼女は言うと棚へと案内する。


「ふふっ。そうか。大きく育って美味しいパンになったんだな」


「?」


またもや慈しむような瞳でパンを見詰め微笑むクラウスの様子にミラは不思議がる。


(レイヤ様もそうだったけれど、クラウス様もいったい何のお話をしているのかしら?)


「それでは、これを一つ頂いて行こう」


内心で疑問を呟いていた時、彼に声をかけられ彼女は意識を戻す。


「はい。有難う御座います」


「では、また来年の秋にこのお店にお邪魔するよ」


パンを購入したクラウスが言うとミラはがっかりした顔で口を開く。


「え、もうこの街を発つのですか? もう少しゆっくりしていってもいいのでは?」


「そうしたいところだが、この時期は仕事が入っていて次の町に向かわねばならない。また来年この街に来たら必ず会いに来る」


残念そうに話す彼女へと彼がそう言って微笑む。


「まぁ、お仕事があるんじゃ、引き留めてはいけないわよね。分かったわ。また来年会えるのを楽しみにしています」


「あぁ。それでは、良い秋を」


ミラの言葉にクラウスが微笑み祝福を送る。


「はぁ。せっかくお知り合いになれたのにもうお別れだなんて。でも、レイヤ様も春の時期はお仕事で忙しいみたいだし、きっとクラウス様もそうなのよね。また来年の楽しみが出来たわ。ふふふっ」


一人きりになった店内で彼女は言うと小さく微笑んだ。

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