二章 女神様とイチゴジャムパン

 春の花が彩るライゼン通り。この暖かな陽気とどこか似た女性がパン屋の扉を開いた。


「こんにちは~」


「いらっしゃいませ。満腹パン屋へようこそ」


花のような笑顔を浮かべたその女性の声に反応してミラは駆け寄る。


「ふふっ。パンの良い香り。一度このお店に来てみたいと思っていたんですよね~」


(あれ、この人どこかで見たことがあるような?)


両掌を叩き嬉しそうに話す女性に見覚えがありまじまじと見詰めた。


「あのぅ~。私イチゴを使ったパンがあるって聞いてそれを買いに来たのですが」


「あ、はい。イチゴね。それならこちらです。イチゴジャムパンにイチゴのメロンパン、イチゴを練り込んだ食パン等々。色々とありますが、どうなさいますか」


「ふふっ。あなたはこのジャムパンになったんですねぇ~」


「?」


イチゴジャムパンをじっと見つめて不思議な発言をする女性の様子にミラは首をかしげる。


「あの、それってどういう意味ですか」


「あら、あらあらあら~。ごめんなさいね。ちょっと嬉しくなってしまって。このイチゴジャムパンを一つ下さい」


不審がる彼女の言葉に女性が陽だまりのような微笑みを浮かべながら言うとパンを一つ頼む。


「あの、さっきからずっと気になっていたのですが、お客さんと私は会うの初めてよね?」


「えぇ。このお店でお会いするのは初めてですよ~」


パンを購入したお客の顔を見詰めて尋ねるミラへと女性がにこりと笑いながら答えた。


「このお店ではってことはどこか別の場所でお会いしたことがあるって事?」


「春のお祭りの時にお会いしていますよ~」


「!?」


女性の言葉に一気に彼女と何処であったのか思い出し目を見開き硬直する。


「え、あ。そんな。貴女は春の女神役の人!?」


「ふふっ。今年も女神の務めを果たしますので、お祭りの日は楽しみにしていてくださいね~」


女性の顔を食い入るように見ながら、今しがた気づいた事実に慌てるミラへと、彼女が微笑み話す。


「あ、私、ずっと貴女に憧れていました。でも、女神様昔から変わらずお若いですね。何か秘訣でもあるんですか?」


「秘訣ですか~? う~ん。そうですね。ハーブティーをよく飲みますよ?」


瞳を輝かせ前のめりになる彼女へと女性が不思議そうに瞬きしながら答える。


「それが秘訣! あ、有り難う御座います」


「はい? 有り難う御座います~」


両手を差し出し握手を求めるミラへと手を伸ばし答えながら彼女は疑問符を飛ばしながら微笑む。


「あの、私はミラって言います。女神様是非お名前を教えてはいただけませんか」


「私はレイヤです~。ミラさんよろしくお願い致します」


「っ! こちらこそ。これからも是非家のお店をご贔屓に」


誰をも魅了し包み込むような優しい微笑みを浮かべる女神の言葉に、彼女は頬を紅潮させ嬉しそうにはにかみながら答えた。


「それでは、また来ますね~」


「はい。またのご来店お待ちいたしております。……女神様、素敵だな~。私もあんな女性になれたらな」


店を出て行ってしまったレイヤがいた場所をうっとりとした瞳で見詰めミラは独り言を呟いた。


「ミラ、いつものブレッドを……って、ぼんやりして如何したのよ」


扉が開かれベティーが入って来るとぼんやりと佇んでいる彼女の様子に驚く。


「あ~。ベティー。私今死んでも悔いはないわ」


「何があったか知らないけれど、こりゃ駄目だ」


うっとりとした瞳で溜息を吐き出すミラの様子に、今は何を言っても聞こえないだろうと彼女は呟く。


「もう、ちゃんと仕事をしているかどうか見に来て良かったわ。はい、そのだらしのない表情を引き締める。私がお店のお手伝いをしてあげるから、あんたはその間に気持ちをしっかり入れ替えてきなさい」


「はぁ……レイヤ様。ふふっ」


「もう、ミラってば聞いてるの!」


きりきりと働き始めるベティーの声など聞こえていないかのように、頬に手を当て一人の世界へと浸っているミラへと彼女が怒鳴りつける。


その後ミラが現実に戻ってきたのはお昼を少し過ぎた頃であった。

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