一章 別れと始まり
朝の話で言っていた通りに急に両親が旅立って行ってしまい、本当に一人きり残されたミラは盛大に溜息を零す。
「はぁ~。私一人で如何しろって言うのよ。もぅ」
「あらミラ溜息なんてついてどうしたの?」
愚痴をこぼしているところに誰かに声をかけられ、そちらを見ると不思議そうな顔のベティーが立っていた。
「それがさ、お父さんとお母さんが急に旅に出てしまって途方に暮れていた所なのよ」
「えっ、旅ですって? 如何して急にそんな話になったのよ」
ミラの話に彼女が驚いて食らいつく。
「開拓の地ウィンシュロットって所に我が国が技術者と一緒に職人を送り込むことになったとかで、それに勝手に名乗り出て登録まで済ませちゃったのよ」
「それは……大変というかなんというか。それでこのお店は畳んでしまうの?」
彼女の話を聞いてベティーが心配そうな顔で尋ねる。
「今日から私が店長なんだって」
「えぇっ!? ミラが店長ぅ! 凄い、凄いじゃないの」
ミラの言葉に驚いた彼女だったが嬉しそうに微笑み拍手を送って祝福した。
「全然嬉しくなんかないわ。私パン屋さんを引き継ぐなんて無理よ。一人じゃ何もできやしないもの」
「でもやってみないと分からないじゃないの。心配いらないわ。始めのうちは私もお手伝いに来てあげるから」
うじうじと悩む彼女へとベティーがそう言って励ます。
「有り難う。ベティーが一緒ならなんとかなりそう。持つべきものは友達ね」
「ふふ。任せておきなさいって。っと、そうだ。今の話ですっかり忘れてしまう所だったけれどはい、これ。貴女にラブレターよ」
「え?」
彼女の言葉とともに差し出された白い封筒に目を瞬く。
「ラブレターって誰から?」
「それは勿論マルクスよ。自分から渡すと多分泣いちゃうから私から渡してくれってさ」
ラブレターだという封筒を受け取りながら尋ねるミラへと彼女がそう答える。
「泣いちゃう?」
「それじゃあ確かに渡したからね」
「え、あっ。ち、ちょっとベティー?」
ラブレターを渡すとさっさと帰ってしまうベティーの様子に彼女は慌てて呼び止めたが既に姿が見えなくなってしまっていた。
「はぁ……マルクスからラブレターって言われてもね」
兎に角中を確認してみない事には内容がわからないだろうと広げて見る。
『――拝啓、ミラ様』
「……ミラ様だなんてふふっ。まったく可笑しいわ」
ついくすりと笑ってしまったものの続きを読まなければと思い手紙へと視線を戻す。
『――貴女がこの手紙を読んでいると言うことは、僕はもうすでにこの国を出てザールブルブ王国へと向かう馬車の中にいる事でしょう。最後にきちんとお別れが出来ないのは申し訳ないと思いますが、貴女に会ってしまうと、多分泣いてしまって上手く言葉を伝えられない気がして、こうして手紙をベティーに託しました。色々と伝えたい気持ちはありますが、一言だけ、どうかお幸せにお過ごしください。貴女の幸せを想いながらこの空を眺めて祈っております。今まで有難う。マルクス――』
「……」
手紙を読み終えたミラの瞳に涙の雫が光る。
「ぐす……マルクスったらこんな紙切れ一枚だけ残して旅立ってしまうだなんて、本当にもう……」
溢れ出る涙を拭いながら彼女は震える声で呟く。
「マルクス。こっちこそ貴方の幸せと健康を祈っているわ。元気で怪我無く王国騎士としてのお仕事頑張ってね」
同じ空を見上げているだろうマルクスへと向けてミラは大きな声で言うと涙の残る顔で微笑んだ。
「さて、私も何時までもこんなところで突っ立っていられないわ。自分のお仕事頑張らないとね」
気持ちを切り替えるかのように明るい声で言うとお店の中へと戻る。
ここからがミラの店長としての長い人生の始まりとなるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます