三章 雨の日の女の子とチョココロネ
夏に近づき長雨が続くある日の事、扉が開かれる音を聞いたミラはそちらへと顔を向けた。
「いらっしゃいませ満腹パン店へようこそ……ってあら?」
確かにお客が入ってきたと思ったのだがそこには誰もいない。
「可笑しいわね」
「あ、あのぅ……」
不思議に思っていると下から声が聞こえ視線を降ろす。するとそこにはびしょ濡れになった女の子が立っていた。
「あら、貴女びしょ濡れじゃないの。ちょっと待ってて」
慌てて奥へと駆け込み体を拭くための布を掴むと持っていく。
「どうして、こんな雨の日に傘もささずにいたのよ」
「ぅ……大丈夫ですよ。それよりここ食べ物売ってる?」
頭から体まで一生懸命に拭いてあげながらミラは言う。それに女の子が小さな声で返事をした。というより何だが元気がない様子。
「えぇ。パン屋ですからね。食べ物は沢山あるわよ」
『ぐぅぅ~』
彼女の話を聞いて女の子のお腹が返事をする。
「はうぅ……」
「もしかして貴女お腹が空いているの?」
お腹を押さえて恥ずかしがる女の子へとミラは尋ねた。
「う、うん。お金持っていなくて……でも、お腹はすいちゃって」
「ちょっと待ってて」
もじもじしながら話す女の子の言葉を聞くや否やミラはお店の中を見渡す。
(お子様でも美味しく食べられて、尚且つお腹が満たされる甘いものがあれば……そうだわ。チョココロネよ)
思い至ったらすぐにチョココロネの山から二つ取り出し女の子へと差し出す。
「へっ?」
「このチョココロネを食べて」
「で、でも。お金、持っていないんだよぅ……」
柔らかく微笑み屈みこみ視線を合わせながら話すミラへと女の子が戸惑いながら答える。
「お金は良いわ。このチョココロネはあげる。だからこれを食べて、ね」
「ぅ、うん。有り難う!」
彼女の言葉に女の子は安心したのか笑顔を浮かべてお礼を述べた。
「それじゃあ、この傘もあげるから気を付けて帰るのよ」
「あ。有り難う。でも大丈夫だよ」
ミラは入口に掛けておいた自分の傘を差しだす。女の子はちょっと困った顔で笑いながら答える。
「何言ってるの。チョココロネが濡れちゃったら食べられなくなるわよ」
「あ、そうか。分かった。お姉ちゃん有り難う」
チョココロネが濡れてしまうと言うことに気付いた女の子が傘を受け取るとお店を出て行った。
「なんだか、ちょっと不思議な女の子だったわね」
女の子が出て行った扉を見詰めミラは小さく独り言を零す。
それから翌日の事であった。
「いらっしゃいませ、ってあら。貴女は昨日の」
「チョココロネと傘有り難う。これお返しに来ました。それからお金も持ってきたの」
お店に入ってきたのは昨日の女の子でミラは優しく微笑むと、少女がそう言って傘とお金を差し出す。
「わざわざ返しに来てくれて有り難う。それと、お金はいらないわよ。あれは私があげたものだからね」
「それじゃあ、このお金で、あのチョココロネをください。甘くておいしくて気に入ったから」
傘を受け取りながら答える彼女へと女の子がそう言って笑った。
「分かったわ。今持ってくるからちょっと待っててね」
「うん」
ミラは言うとチョココロネの山から一つ取り出しバスケットへと入れる。
「はい、落とさないように気を付けてね」
「有り難う。あとね、あのね。そのぅ……わたしウィルフィール・ラウラっていうの」
バスケットを渡してあげると女の子がもじもじしながら自己紹介してくれる。
「それじゃあウィルちゃんね。私はミラよ」
「うん。またチョココロネ買いに来るね」
「えぇ。またのご来店お待ちいたしております」
ミラも名乗るとウィルフィールがにこりと笑い話す。それに答えると女の子は嬉しそうにはにかみお店を出て行った。
「あ、濡れちゃうわよ。って、あら?」
慌てて傘を持って外へと出たがそこにウィルフィールの姿はなく首をかしげる。
「さっきお店を出たと思ったんだけれど。あの子ものすごく足が早いのかしら?」
疑問符を浮かべながら目を丸めて独り言を零す。
「まぁ、いいか」
女の子がいないなら意味がないと考え店の中へと戻っていった。
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