十四章 そして日常へ

 街にあふれていた変な噂も薄れて日常へと戻ったライゼン通り。


「いらっしゃいませ。あ、ローズ様。この前は有り難う御座いました」


「ふふっ。友人が困っていたら助けるのが友達でしょ。それより、今日はここからここまで頂いて行くわ」


笑顔で出迎えるミラにローズが言うとパンを指し示す。


「畏まりました」


「こんにちは。ミラ、今日も何時ものブレッドを二本貰いたいのだけど。それからジャムもね」


籠の中へと注文されたパンを山積みに盛っているところにベティーがやって来る。


「あら、お店は忙しくないの?」


「今はおばあちゃんが店番しているから大丈夫。それよりミラ聞いて、新しい商品が入荷されたの。これ貴女と私でお揃いで如何かと思って」


ミラの言葉に彼女が答えると黄色とピンクのリボンを見せた。


「あら、可愛いわね。それお店に行けば売っているの」


「え、えぇ。勿論です。あ、でも。今日入荷したばかりなのでまだお店には置いていませんが、おばあちゃんに頼めば出してくれると思います」


リボンを見ていたローズの言葉にベティーがたじろぎながら答える。


「もう、普通に話してっていつも言っているでしょ」


「わ、分ってるんだけど。つい身構えちゃって……」


令嬢が困った顔で言うと彼女が申し訳なさそうに謝った。


「? 何のお話」


「な、何でもないの。それよりはいこれお勘定」


不思議そうにするミラへとベティーが言うとお金を渡す。


「毎度有り難う御座います」


「それじゃあわたしもそろそろ帰るわ。また来るからね」


彼女へと笑顔で営業用語を言っているとローズに声をかけられる。


「はい。またのご来店お待ちいたしております」


ミラはその姿を見送ると店番に戻った。


「や、やあ。ミラ。パンを買いに来たんだけど、まだある?」


「あ。マ、マルクスじゃないの、いらっしゃい。また騎士団のおつかい?」


お互いぎくしゃくしながら言葉を交わす。


「う、うん。そうなんだ。パン貰えるかな」


「適当に選んでおいてあげるわ。アップルパイもね」


気まずそうなマルクスへとミラもぎくしゃくしながらパンを籠へと詰めていく。


「有り難う」


「どういたしまして」


「「……」」


二人は会話が続かず黙り込む。


お互い何を言えば良いのだろうと考えている様子で沈黙が続く。


「「あ、あの」」


同時に声をあげ二人は慌てる。


「マルクスが先にどうぞ」


「いや。ミラが先に」


二人は言いながらまた黙り込む。


「ふふっ。あははっ」


「な、何で笑うの?」


急に吹き出す彼女へとマルクスが目を丸めて驚く。


「いや、何だか私達おかしいなって思って。マルクス、ベティーから話は聞いたわ。私、貴方の気持ちに気付かなくてごめんなさいね」


「っ。い、いや。僕の方こそごめん。もう、良いんだ。ミラのこと好きだけど、もう諦めたから」


可笑しそうに笑ったまま話すミラへと彼がそう答え俯く。


「え?」


「でも、友人として君がずっと幸せであることを願っているから」


意味が解らず驚く彼女へと顔をあげたマルクスがそう言って微笑む。


「実はさ、僕。今度ザールブルブに行くんだ。コゥディル王国の騎士団の代表として、ね」


「え、そんな急にどうして?」


寂しそうな顔で語る彼へとミラは驚いて尋ねる。


「コゥディル、ザールブルブ、オルドラこの三国は友好国である証にそれぞれの国から使者を送り合っているのは知っているかな。ザールブルブからは魔法使いを、オルドラからは錬金術師をそして我が国からは剣士を送っているんだ」


「その代表にマルクスが選ばれた……って事」


語り切ったマルクスの言葉に彼女は寂しさを募らせながら問いかけた。


「うん。そう言うこと」


「何時、ザールブルブへ?」


眉を下げて頷く彼へとミラは両手を握りしめながら尋ねる。


「来月には……だから今日はお別れを言いに来たんだ」


「そんなの……」


「ミラ?」


マルクスの言葉に体を震わせ俯く彼女の様子に彼が不思議そうに声をかけた。


「そんなのずるい! まるで私から逃げるみたいじゃないの」


「ち、違うよ。これは僕が決めたんじゃなくて国が決めた事だから。だからミラ、泣かないで」


声を震わせて話すミラへとマルクスが優しくあやすように言う。


「泣いてない!」


「うん。ごめんね」


涙をぬぐい言い放つ彼女へと彼が謝る。


「謝らないで」


「うん」


睨み付けて怒るミラへとマルクスが小さく頷き答えた。


「「……」」


二人の間に再び静寂が訪れる。


「向こうでも、元気でお仕事頑張ってよ」


「うん。有り難う」


涙でぬれた顔でそう言って無理矢理微笑むミラへとマルクスも笑顔で答えた。


「それじゃあ、このアップルパイおまけしてあげる」


「あぁ、ここのアップルパイが食べられなくなると思うと寂しいけれど、でもいつかまたこの国に帰ってくるから」


一つ多めにアップルパイを籠へと入れてあげると彼が残念そうな顔で呟く。


「えぇ。その時はアップルパイ一杯用意しておいてあげるわ」


「うん。それじゃあ、またね」


笑顔で話すミラへとマルクスが答え店を出て行く。


「……マルクス。元気でね」


見えなくなっていく背中へと向けて彼女は呟いて涙にぬれる頬を拭った。

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