十三章 変な噂
グラウィスに街案内した日から数日が経ったパン屋での出来事。
「ねえ、ミラ。グラウィスさんは本当にただのお客さんなの?」
「それ、どういう意味?」
ベティーの言葉にミラは不思議に思い尋ねる。
「この前、貴女を巡って男達との熱いバトルが繰り広げられてたって噂で聞いて。マルクスも凄くショックを受けていたみたいだし、何かあったのかと思って」
「ちょっと待ってよ。どうしてそんな噂が立っているの? それにマルクスが何でショックを受けるのよ」
友人の話に彼女は驚いて問いただす。
「はぁ……貴女って本当に馬鹿なんだから。そんなの決まってるでしょ。マルクスはミラの事昔から好きだったのよ」
「え? そんなはずはないわ。だって私なんていつもマルクスを馬鹿にしていたじゃない。それでよく泣かせていたもの」
盛大に溜息を吐き出すベティーへとミラは不思議に思いそう話す。
「もう、ミラってば……あ~あ。そんな鈍感ちゃんに嫉妬していた時期があったなんて本当に馬鹿なことしていたわ。あのね、私がマルクスの事諦めたのも彼が貴女に恋をしているって分かったからよ。だから今はただのお友達なの」
「えぇっ!?」
彼女の言葉についに驚愕の表情で固まってしまう。
「だって好きになった人が他の人に恋情を抱いているって知ったら、諦めるしかないじゃないの。昔はそれで悩んでいた時期もあったし、貴女に対して許せないって気持ちを抱いたこともあった。でもね、ミラもマルクスも私にとっては大切な友人だもの。友人同士がくっつく事はとても喜ばしい事よ。だから応援しようって考えるようになったの」
「そんな、マルクスが本当に私の事を?」
語り始めたベティーへとミラは呆けた顔で問いかける。
「そうよ。だから聞いてるの。グラウィスさんとはただのお客さんと店員なのよね?」
「そうよ。私には好きな人なんていないもの」
彼女の言葉に小さく頷き答えた。
「それじゃあ、カフェの店員のえっとルッツさんだっけ。彼とも何もないのね」
「どうしてルッツが出て来るの?」
ベティーの言葉にミラは首をかしげて尋ねる。
「はぁ……貴女って本当に罪な女ね」
「?」
呆れた顔で溜息を吐かれ彼女は不思議そうに友人を見詰めた。
「もういいわ。兎に角今は誰にも恋心を抱いていないって分かって良かった。マルクスに良い報告が出来そうだわ」
「もう、マルクスとはただの友達よ」
ベティーの言葉にミラは唇を尖らせて言う。
「今は、ね」
「本当にこれからもずっとそれは変わらないってば!」
ニヤニヤと笑い話す彼女へと怒鳴りつける。
「はいはい」
「もう、昔の仕返しをしてるでしょ」
それでも聞いてもらえない様子にミラは言い放つ。
「それもあるかもね」
「もう……」
ニヤニヤ顔で言われて彼女は頬を膨らませて睨み付けた。
「まぁ、兎に角。今街中貴女の噂でもちきりなのよ。何と言ってもスターディス家の御子息様だからね。彼の隣を歩いていた女は一体誰だ。もしかして彼女では? なんて話がそこら中から聞こえて来るんだから」
「変な噂になっているなんて……どうにか誤解を解きたいんだけれど」
ベティーの話に肩を落としてミラは呟く。
「そうね、ローズ様に頼めば何とかしてくれるかもしれないわよ」
「どうして?」
彼女の言葉にそこでなぜローズが出て来るのかと思いながら尋ねた。
「そ、それは。ほら。ローズ様って王女様のご友人でしょ。だから王女様に話をして貰って貴族の間で変な噂にならないように根回ししてくれるように頼んでもらえるかもしれないから、かしら」
「そうか。そうよね。ローズ様が来た時にでも頼んでみようかしら」
変な汗を出しながら取り繕うように話すベティーの言葉に納得して頷く。
「あら、その必要はないわよ」
「きぁあ。ってローズ様。いつからそこに?」
急に声をかけられびっくりしたミラだったが心を落ち着かせながら尋ねる。
「グラウィスはただのお客なのかって辺りからかしら」
「それって最初からって事じゃないの……」
ローズの言葉に脱力しながらぼやく。
「それよりも、友人が困っているって聞いたら黙って見過ごせないわ。わたしの方から変に噂を流さないように口止めしておいてもらえるように頼んでおいてあげる」
「有り難う御座います。よろしくお願いします」
令嬢の言葉にミラは頭を下げてお願いする。
「民衆の方までは難しいと思うけれど、まぁ。噂なんて旬が過ぎたらそのうち忘れてしまうものだから暫くの間は大人しくしておけば大丈夫なんじゃないかしら」
「グラウィス様もミラに迷惑が掛かるって思ったら暫くの間は大人しくしてくださると思うわよ」
ローズが言うとベティーもそう話して微笑む。
「しばらくの間は大人しくしてるわ」
ミラも小さく頷き了承する。こうして王女様の力添えもあり街中の変な噂は二人が言うように自然と忘れられていったのであった。
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