六章 四種の木の実とレーズンパン
夏祭りも終り季節は秋へと移り変わろうとしていたある日の事。パン屋の扉を開けて一人の男性が入って来た。
「ふむ。どれどれ……」
「いらっしゃいませ、満腹パン店へようこそ」
店に並べられているパンの山を見ながら思案する男性へとミラは声をかける。
「失礼お嬢さん。ここの店主はいますか」
「お父さんなら厨房でパンを焼いていますけど、あの。父に何か?」
男性の言葉に彼女は不思議そうに尋ねた。
「いや実は、新しく仕入れたお酒に合う料理を探していましてね。それで、ここのパン屋に立ち寄ったのですが、お酒に合うパンについての知識を頂きたいと思いまして」
「もしかして朝日ヶ丘テラスにあるバーの店主さん?」
「はい。私は黄昏バーの店主、ヴェンと申します」
ミラの言葉にヴェンと名乗った男性が頷く。
「まぁ、黄昏バーの店主さんが家に来るだなんて」
「お酒に合う料理を探していて、このパン屋さんが目に入りましてね。それで、店主さんを呼んで頂けれますか」
「あ、はい。ちょっと待っていてくださいね」
驚く彼女へと彼がそう言うとミラは急いで厨房へと駆けて行った。
「おや、これはヴェンさん。いらっしゃいませ」
「貴方はマックスさん。そうですか、パン屋を営んでいるとは聞いていましたが、このお店が貴方の店だとは」
「あの、父をご存じで?」
笑顔でやってきたマックスへとヴェンも微笑み語る。その様子にミラは尋ねた。
「えぇ。知っていますよ。うちのお店によくご来店されますので」
「まぁ、若いころから通っていたバーだからね。今もよくミランダと飲みに行くんだよ」
「そうだったんだ」
彼の言葉に父親もそう話す。彼女は呆けた顔で呟いた。
「それで、酒に合うパンを探しているってミラから聞いたんだが、大人向けの味がいいよな?」
「はい。できればお酒の味を損なわないパンを探しています」
マックスの言葉にヴェンが肯定して説明する。
「う~ん。うちのお店にそんなパンあったかな」
「ねえ、お父さん。これなんてどうかしら」
悩む父親の様子にミラはクルミパンを持って来て見せた。
「クルミパンか……たしかに悪くないとは思うがお酒に合うかどうか。ですよね?」
「えぇ。木の実を選ぶというのは悪くないと思いますよ。ただ、お酒の味に負けてしまいそうですね」
マックスが言うとお客も小さく頷き語る。
「そう。木の実、木の実のパン……四種類の……あれだわ!」
「「?」」
手の平を叩いて一人で納得する彼女の様子に二人が不思議そうに彼女を見やった。
「ねえ、これなんてどうかしら」
「これは四種の木の実とレーズンパンじゃないか」
ミラが持ってきたパンを見て父親が不思議がる。これとお酒が合うとは思えなかったからだ。
「失礼。お嬢さん、こちらの商品はいったいどんなパンなのですか」
「これはね、カッシュナッツとアーモンドとクルミとピーナッツが入ったレーズンパンなのよ。ナッツってお酒に合うんでしょう。ならこれならいけるんじゃないかと思って」
ヴェンも不思議そうにパンを見ながら尋ねる。それに彼女は笑顔で答えた。
「少し味見をさせて頂けますか」
「どうぞ、どうぞ」
彼の言葉にミラは手に持っているパンを差し出す。受け取ったヴェンが一口大にちぎり口に入れる。
「うむ。……これは、確かに味が強すぎて主張するわけでも、弱すぎてお酒に消されるわけでもなく、レーズンの程よい甘みと木の実の香ばしさ。悪くないかもしれませんね」
「それじゃあ……」
納得した顔をする彼へと彼女は笑顔で尋ねた。
「はい。こちらをお酒のお共として提供させて頂きたいと思います」
「そうと決まればさっそく契約書だな」
ヴェンの言葉にマックスが言うと急いで紙を取りに動く。
「それと、お嬢さん。差し支えなければ貴女に配達を頼みたいのですが」
「私が配達を?」
彼の言葉にミラは驚いて目を丸める。
「はい。私は仕事がありますので中々パンを買いに来られません。ですので、お嬢さんに配達を頼みたいのです」
「分かったわ。夕方の時間でしょ。その時間なら営業時間外になるから配達するくらいできるわ。ただし、条件があるの。営業時間外の配達なので料金は上乗せさせて頂きます」
「ははっ。これはしっかりした娘さんですね。分かりました。それでお願い致します」
ヴェンの言葉に彼女はそう答えた。それに小さく笑うと彼が了承する。
こうしてパン屋とバーは提供店として契約を結び、夕方お店が終わった後の時間でミラが配達をすることとなった。
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