四章 朝食のお供に

 夏に近づき長雨が続くある日。お店の扉が開かれ男性が入って来た。


「さて。如何したものか……」


「いらっしゃいませ――ってきぁっ」


「アルフレートさんいらっしゃいませ。あらまぁ~。こんな小さなパン屋なんかにお越しくださるとは、おほほほっ」


悩む男性の姿に声をかけようと動くミラを押しのけて、ミランダがハートを飛ばしながら近寄る。


「ミ、ミランダ。くぅ~。分かっているとはいえやはり納得がいかない」


「あ~。アルフレートさんって奥様方のファンが多いんだったわね。うちのお母さんもだったなんて……」


厨房の中で悔しそうに歯ぎしりするマックスの言葉を聞きながら彼女は溜息を零す。


「おや、ミランダさん。こんにちは。それにマックスさんにミラちゃんも」


「こんにちは」


「それで、今日はどのような御用でしょうか?」


こちらに気付いたアルフレートが柔らかく微笑む。ミラが答えていると彼女の姿を隠すように自分を主張しながらミランダが尋ねる。


「あ、あぁ。家は冒険者の宿も兼ねている武器屋だろう。それで冒険者達の朝食用の食材を探していてね」


「あら~。そうでしたか。それで家に。うふふっ。嬉しいですわ」


彼の言葉にハートを飛ばしながら腰をくねらせるミランダの様子に遂にマックスが耐えきれなくなり動く。


「ミランダ。お前はちょっとこっちに来い! ミラ、後は頼んだぞ」


「え、あ。はい」


妻の腕を引っぱり厨房の奥へと消えていく父の言葉にミラは慌てて返事をするとアルフレートの側へと寄った。


「それで、どのようなパンをお求めでしょうか」


「そうだな。仕事が何時入るか分からないからな。できるだけ早く食べきれるパンが良いんだが」


彼女の言葉に彼が説明するとミラはパンの山から一つを取り出し見せる。


「それでしたらこの卵パンとかは如何でしょうか」


「卵パンか、悪くはないがしっとりとしていると口の中に残ってしまう。味気ないパンの方が好ましいと思う」


見せられたパンを観察しながらアルフレートが考えた事を伝えた。


「それでしたら。こちらの塩パンなどは如何でしょうか」


「塩パンか。悪くない。それではこれをお願いしたい」


「畏まりました」


塩パンを見せたミラへと彼も笑顔で答える。それに決まった事により彼女はパンを山のように籠の中へと詰め込む。


「ミラちゃん一つ提案があるのだがいいかね」


「はい。何でしょうか」


アルフレートの言葉にミラは首を傾げる。


「この満腹パン店を家の武器屋兼冒険者の宿への提供店としてもらいたいのだが。そうして毎朝パンを供給する仕組みを作る。武器屋で働いている者に毎朝パンを取りに来させるからそいつにパンを渡して貰いたい。どうかな」


「それって私が毎朝パンを用意して渡すと言うことですか」


彼の言葉に彼女は目を丸めて驚く。


「そうなるね。勿論ミラちゃんが大変でなければだけれどね」


「家のお店にとっても悪い話ではないですしむしろ大歓迎です。あ、でも私の一任では決めれないので、両親に相談してからですが」


柔らかく微笑み語るアルフレートへとミラは笑顔で頷く。


「確かにそうだね。マックスさんとミランダさんにも話してみよう」


彼がそう言うとミラは両親を呼びに行き、そうして彼女が聞いた通りの内容を二人へと話す。


「まぁ、そうなったら家も繁盛して願ったり叶ったりだわ。ね、貴方」


「う、うむ。まぁ、そうだな。提供店としてパンを買って貰えれば家も大助かりなのは確かだし」


話を聞いたミランダが頬に右手を当てて喜ぶ横でマックスが腕組みして考えるように話す。


「ねえ、お父さん、お母さん良いでしょ?」


「……」


ミラが食い気味に尋ねる横でアルフレートが黙って決断が下るのを待つ。


「私はいいと思うけれど、マックスは如何かしら?」


「そうだな……う~ん。うん! 悪い話ではないしその件受けよう」


妻の言葉に数分悩んでいたマックスだが笑顔で了承する。


「有り難う。それでは早速契約書を書きたいと思うのだが……」


「今もってくるから待っていてくれ」


ほっとした顔で微笑むアルフレートの言葉に契約書を取りに彼が動いた。


「ふふっ。ミラ明日から大変になるわよ」


「覚悟のうえよ。それに私はここでパンを渡すだけ。大変なのは持って帰る武器屋の店員さんの方じゃないかしら」


ミランダの言葉にミラはそう言って笑う。


こうしてパン屋と武器屋兼冒険者の宿は提供店となったのである。

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