三章 グラヴィスとの出会い

 花の女神がライゼン通りに春の訪れを告げるお祭りが終わった頃。ミラは休日を満喫する為に街に繰り出していた。


「ふん、ふん、ふ~ん♪ 今日は暖かくて気持ちいい日だわ。こんな日には何かいいことが起こりそう……ってきゃあ!?」


「っぅ」


前方から来た誰かとぶつかってしまった彼女は盛大に尻餅をつく。


「いった~い」


「女、前を見て歩かないからぶつかるのだ」


痛みに涙を浮かべるミラへと男の声がかけられた。


「あんたこそぶつかってきたくせに、偉そうなこと言わないでよね」


「貴様、私を誰だと思っている? この私にぶつかってきたのはそっちだろう」


男へと睨み返して噛みつく彼女へと横暴な態度で男が話す。


「会ったばかりの人なんだから、あんたなんて知るわけないでしょ」


「何? この私を知らないだと!?」


立ち上がり勢いよく言い放つミラの言葉に男が衝撃を受けて固まる。


「私を知らないとは面白い女だ」


「?」


頬を赤らめ独り言を零す男の様子に彼女は不思議そうに首を傾げた。


「失礼。私が悪かったようだ。お嬢さん、名前を教えては貰えないかな」


「私はミラよ。貴方は?」


態度の変わった男の様子を気に留める事無くにこりと笑い名乗る。


「私はグラヴィス。ぶつかってしまったお詫びは必ずする」


「そんなのもう気にしてないわよ。あ、いけない。もう行かないと。早くしないとカフェの人気のケーキが売り切れてしまうわ」


グラヴィスと名乗った男へとミラはにこりと笑い答えると慌てて朝日ヶ丘テラスの方まで駆け出す。


「私に近づく女は皆私の地位や名誉欲しさに媚び諂うというのに、何と強気で素直な素敵な女なんだ」


独りきりになった空間で彼がそう呟くと見えなくなっていく彼女の後姿を見つめ続けた。


それから数日後。何時ものようにパン屋の売り子をしているミラはお客が来店してきたことに気付きそちらへと振り返る。


「いらっしゃいませ……って、貴方は」


「ミラさんこの前はぶつかってしまってすまなかったな。こちらお詫びの品だ」


目を丸める彼女へとグラヴィスが言うとお菓子の入った箱を渡す。


「こ、これが王族や貴族の間では普通だというお菓子の箱!? こんな高級な物頂けません」


「お詫びの気持ちだ。なに、そんなに高い物でもない。気にするな」


目を白黒させる彼女は慌てて返そうとするも彼がそう言って微笑む。


「でも……」


「私が本当に悪かったと思っているのだ。だから受け取ってもらえないかな」


「分かったわ。こんなに高級なお菓子をどうも有難う」


躊躇うミラへとグラヴィスが話す。数分悩んだ末に断るのも申し訳ないと思い彼女は答えた。


「このお店は王女様がお忍びで来るほど人気の店だと聞いていて、いつか訪れてみたいと思っていたんだ。今日はパンを買って行こうと思う」


「そんな、お菓子を頂いただけでも有難いのに、パンまで買っていかなくても」


彼の言葉に驚いた彼女は慌てて首を振って断る。


「私が食べたいと思っているのだよ。そうだね、ここからここまで貰っていくかな」


「!?」


グラヴィスの言葉に呆けた顔で一瞬固まってしまう。


「頂けるかね」


「あ。は、はい。今お詰めしますね」


彼の言葉で現実に戻ってきた彼女は急いで籠の中に商品を詰める。


「では、また来るよ」


「はぁ~。びっくりした。ローズ様に続いてグラヴィスさんも。お貴族様って分からないわ」


相当なお金持ちなのだろうかと思いながら、やることが大きすぎてついていけないとミラは小さく溜息を吐き出した。


「ねえ、ミラ。さっきのグラヴィス様。あんたに何を渡したの?」


「ぶつかったお詫びだって言ってこのお菓子の箱を」


「お菓子の箱だって!?」


ミランダの言葉にお菓子の箱を見せるとマックスが目を見開き硬直する。


「そ、そんな高級な品をお詫びの品で渡してくるだなんて。グラヴィス様は相当なお金持ちだぞ」


「そうね。そんな人にぶつかっておいてグラヴィス様に謝りに来させるだなんて、なんてことを……」


「え、私。そんなに偉い人にぶつかってしまったの?」


顔を青ざめる両親の様子でようやく事の次第に気付いたミラも不安になり尋ねる。


「「ミラ、今度グラヴィス様が来た時はしっかり謝罪しなさい」」


「はい!」


二人の剣幕に姿勢を正し慌てて返事をする。やらかしてしまったことにようやく気付いた彼女はその後心ここにあらずといった様子で一日を過ごした。

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