六章 マルクスの登場
夏の蒸し暑い日差しが照らすある日。パン屋の扉を開けてある人物が入って来た。
「いらっしゃいませって……」
「やあ、久しぶり」
お客の顔を見て呆気にとられるミラへと青年が微笑む。
「マルクス!? なんで、如何して仕事は」
「今日は非番だよ。せっかくだからミラの顔を見にね」
驚く彼女へとマルクスが困った顔で説明した。
「でも、どうして今まで一度だって来なかったのに」
「うん。実は最近王女様がこのお店に来ているだろう。王女様から話を聞いていて懐かしくなってね。昔はよくここのアップルパイを買って食べていたな~って思い出したらまた食べたくなったんだよ」
食いついてくるミラへと彼が小さく笑いながら話す。
「今も置いてあるだろう。アップルパイ」
「そりゃあありますよ。でも、本当にそれだけ? お仕事で何かあったとかじゃないの」
「疑い深いんだから、本当にそれだけだよ」
疑ってかかる彼女へと溜息交じりにマルクスが言った。
「あ、そうだわ。ベティーにはもう会って来たの?」
「ベティーに? いや、僕は純粋にアップルパイが食べたくなったからここに来ただけで雑貨屋に用がない限りはいかないよ」
ミラの言葉に不思議そうに首を傾げる彼へと呆れて溜息を零す。
「何しているのよもう! ほら、行くわよ」
「え? ち、ちょっと!」
無理矢理手を引いてお店を出ると雑貨屋へと向かう。
「いらっしゃいませってミラ。それにマルクス?」
「ひ、久しぶり」
目を丸めて驚くベティーへとマルクスが戸惑いながら答える。
「それじゃあ、私お仕事あるからじゃあね」
「え。ちょっと待ってミラ!」
ミラはにやにや笑いながらお店を後にする。慌てた声をかける彼の言葉なんてお構いなしに歩き去って行った。
それから数分後。再びマルクスがパン屋を訪れる。
「もう、ミラ。何考えてるのか分からないよ」
「あら、ベティーともっとゆっくり話してくればいいのに」
少し怒った様子で話す彼へとミラはにやにや笑いながら答えた。
「雑貨屋には本当に用事なんてないからね。僕はアップルパイを買いに来たんだ。ほら、これ頂戴」
「はいはい。毎度有り難う御座います」
アップルパイを突き出してくるマルクスへと彼女は適当に返事をしながらレジを打つ。
「それじゃあ、また食べたくなったら買いに来るから。じゃあね」
「はいはい。またね……ベティーともっとゆっくり話してくればいいのに。マルクスってば分かってないわね」
彼がいなくなってから盛大に溜息を吐き出す。
もっともベティーにとって初恋の相手であるというだけで今はただの友人なのだがそれをミラは気付いていない。
「溜息なんてついてどうしたの?」
「ひゃあっ!? ロ、ローズ様いつからそこに」
誰かに声をかけられ驚くとそこに立っているローズの姿を見て尋ねる。
「あら、さっきからいたわよ。それよりわたしもアップルパイを食べてみたいわ。そう言う事だからこれ頂戴な」
「はい。毎度有り難う御座います」
彼女の言葉にミラは返事をしながらレジを打つ。
「ふふっ。マルクスがあんなに懐かしんで買いに来る味なんだから期待できるわね。あぁ、今から食べるのが楽しみだわ」
「マルクスの事知っているの?」
ローズの言葉に不思議そうに彼女は聞いた。
「え、えぇまあ。知っているわよ。レイヴィンからいつも話を聞いているから」
「あぁ、やっぱり王女様とお友達だから騎士団の人の事も知っているのね」
たじろぎながら答える彼女へとミラは関心を抱く。
「そ、そういうこと。と言う訳でまた買いに来るからそれじゃあ」
「え、ちょっとローズ様? 最近なんか変なのよね」
またまた話から逃げ出すようにお店を後にするローズへと彼女は首をひねりながら呟いた。
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