五章 騎士団長とローズ
春の暖かな日差しが差し込むライゼン通り。パン屋さんは今日もお客で賑わっていた。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。あ、ローズ様」
来客に声をかけたミラは笑顔になる。
「ふふ。繁盛しているみたいね」
「えぇ。まぁいつも賑わってはいるんだけれど。なにしろ王女様がお忍びでやって来るパン屋だから余計にお客さんが押し寄せてきてね」
微笑むローズへと彼女は説明した。
「そ、そう。こんな大騒ぎになるとは……今後同じような事が起らないように口止めしておかないとね」
「え? 何か言った」
小声で言われたため聞き取れなかったミラは不思議そうに首をかしげる。
「何でもないの。それより今日もパンを買わせてもらうわ」
「っ!? ローズ様!!」
ローズがそう言った時扉が乱暴に開かれ入ってきた一人の騎士団の男が険しい顔で彼女を見た。
「レイヴィン!? ど、如何してここに」
「如何しても何も今までいろんなところを探し回っていたんですよ。最近はここのパン屋さんに良く出没するとの噂を聞きつけて駆けつけて見たらやっぱりですか」
驚くローズへとレイヴィンと呼ばれた男が説明する。
「……ねぇ、レイヴィン見逃して――」
「なりません」
綺麗すぎる笑顔を浮かべてお願いする彼女の言葉を最後まで聞かずに、騎士の男がはっきりとした口調で答える。
「お願い。今回だけ~」
「毎回の事でしょう」
両手を合わせて拝むローズへとレイヴィンが切り捨てる。
「もぅ……相変わらず頭でっかちなんだから。そんなんじゃお友達もできやしないわよ」
「元より友達を作ろうなんて思っていませんよ。俺は一生一人で生きていくと決めていますので」
頭を抱える彼女へと騎士がそう言って皮肉に笑う。
「はぁ……またこれね。貴方いい加減に人並みな暮らしをしてみたらどうかしら」
「人間(ひと)になれなくても俺はかまいませんよ。悲しませてしまうくらいなら最初からなれ合いなんてしない方がいい」
盛大に溜息を吐き出すローズへとレイヴィンが答えた。
「まったく。もっと頭柔らかくしなくちゃ。レイヴィンがそんなんだからお母様達も貴方の事心配するのよ」
「ご心配痛み入ります。まったくもって光栄ですが俺には不要ですよ」
彼女が不機嫌そうな顔で話すと騎士がそれに真面目に答える。
「はぁ~」
「あ、あの。騎士団の人ですよね? ローズ様とはどういうご関係で?」
肩を落とし溜息を零すローズへとミラは尋ねた。
「え、えぇっと。どういう関係って言われても」
「仕方ないですね。どうせ隠しているんでしょう。ローズ様は……俺のお仕えしている王女様のお友達だ」
しどろもどろになりながら慌てる彼女の様子を見ていたレイヴィンがそう話す。
「レイヴィン」
「隠すような事でもないでしょう。それとも本当の事をこの方にお伝えしてもいいと?」
「……」
慌てて口をはさむローズへと彼女の顔をちらりと見ながら騎士が言った。それに何も言えずに黙り込む。
「え、ローズ様が王女様の友人!? そ、そうだったんですね。やっぱり貴族のお嬢様だからかしら」
「え、えぇ。王女の友人だなんて話したらミラが驚くと思って秘密にしていたのよ」
驚くミラへと彼女が引きつった笑みを浮かべながら頷く。
「あら、それじゃあ初めて来た時に買ったパンも王女様と食べたのね。それでお忍びで王女様がうちに買いに来るようになったのかしら」
「そ、そういうことかも?」
笑顔で話す彼女へとローズが曖昧に笑い答えた。
「それじゃあローズ様は王女様が何時このお店に来ているのか分かるかしら? ベティーが誰が王女様なのか突き止めてやるって意気込んでいたから私が教えたらきっと喜ぶと思うのよ」
「お、王女がいつ買い物に行っているのかわたしにも分からないからごめんなさいね」
食いついてくるミラへと彼女が後退りながら答える。
「そう。それじゃあ今度来た時に王女様がいらしていたら教えてね」
「わたしが来るときに来ていたらね。あ、っと、レイヴィンわたしを連れに来たのよね」
瞳を輝かせて笑う彼女へとローズが曖昧に答えてからレイヴィンへと視線を向けた。
「お戻りになる気になりましたか?」
「もう、今日はこれ以上ここにいられないでしょ。さ、帰るわよ」
意地悪く笑う騎士へと頬を膨らませて怒る彼女だがさっさと店を出て行ってしまう。
「あ、パン……まぁいいか。また買いに来るわよね」
買い物に来たはずのローズが帰って行ってしまった様子に呼び止めようとしたが手を降ろして微笑む。
ローズが次にパンを買いに来たのは季節が変わってからの事であった。
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