四章 王女様の噂
ある日のライゼン通りの何時もの日常。ミラは看板をクローズからオープンへと変えると店内へと戻る。
「いらっしゃいませってなんだ。ベティーか」
「ふふ。お客さんじゃなくて悪かったわね」
すぐさま扉が開かれ誰かお客が来たと思いふり返った彼女だがそこに立っていたのがベティーだと分かると気を抜く。
「そういう意味で言ったわけではないわ」
「それより聞いて! 最近うちに王女様がお忍びで買い物に来ているらしいのよ」
ミラが慌てて取り繕うのも構わずに彼女が瞳を輝かせて話す。
「えぇ?! それ本当なの。一体誰から聞いたのよ?」
「王国騎士団に努めているマルクスよ」
目を見ひらき驚く彼女へとベティーが話す。
「あぁ、あんたの家の隣に住んでいたあの臆病で私達の陰にばかり隠れていたマルクス」
「もう、何時の頃の話をしているのよ。今では立派な王国騎士団の隊員なんだからね!」
ミラの話に唇を尖らせ怒る彼女の様子に慌てて口を開く。
「あら、ごめんなさい。貴女たしかマルクスが初恋の相手だったわね。初恋の人の悪口は聞きたくないのも当然よね」
「もう! ミラったら相変わらず憎まれ口を叩くんだから」
にやにやと笑い話す彼女へとベティーが怒って眉を跳ね上げる。
「ごめんなさい。でも、王女様が貴女のお店に来てるなんて凄いことだわ。それで、誰が王女様なのか知っているの?」
「お忍びでいらしているんだから分からないわ。そもそも王女様の顔をしっかりと見た事ないんだもの分るはずがないわ」
身を乗り出して聞いてくるミラへと彼女が溜息を吐き出し答えた。
「そうよね。あ~あ。うちにも来てくれないかしら」
「あら、マルクスの話によると貴女のお店にも来ているらしいわよ」
「えっ!?」
聞かされた言葉に耳を疑い大きく目を見開く。
「このお店のパンをとても気に入ったらしくてね。それで時々お買い物に来ているらしいって話よ」
「そ、それ本当なの?」
「えぇ。マルクスが言うんだもの間違いないわ」
ベティーの言葉に信じられなくて問いかけると肯定が返って来てミラは呆気にとられる。
「でも、そんな。王女様が家のお店に来ているなんてそんなはずは……」
「ミラは王女様を見ていないの?」
動揺する彼女へとベティーが尋ねた。
「王女様らしい人は見かけてないわよ。最近来たって言うと貴族のお嬢様くらいね」
「ふ~ん。まぁ、ミラも王女様を見たことがないから分からないだけかもしれないわよ。いつか誰が王女様なのか突き止めてやるんだから」
溜息を吐き出しミラは言うと彼女が鼻息も荒く意気込む。
「突き止めてどうするつもりなのよ」
「そりゃあお近づきになれれば雑貨屋も繁盛するでしょ。王女様のお墨付きって奴を貰うつもりよ」
驚く彼女へとベティーが笑顔で答えた。
「貴女の勢いは凄いわね……」
「ふふっ。誰が王女様なのか分かったらまた話に来るわね。それじゃあお仕事頑張ってね」
呆れかえるミラへと彼女がご機嫌に話お店を出て行った。
「まったくベティーったら誰が王女様なのか突き止めるだなんて……でも、王女様が家のお店にも来ているだなんて知らなかったわ。それが本当なら一体誰が王女様なのかしら?」
「……何のお話?」
独り言を零していると誰かに声をかけられ驚いてそちらへと振り返る。
「きゃあ!? ってローズ様? もう驚かさないでくださいよ」
「あら、ごめんなさい。それで王女がどうのって何のお話?」
驚いてしまったミラへとそこに立っていたローズが謝りながら尋ねた。
「最近うちのパン屋に王女様がお忍びで買い物に来ているらしいのよ。ねぇ、ローズ様は王女様とはお会いになった事はあるの?」
「え? えぇ。まぁ~……あると言えばあるしないと言えばないわ」
彼女の言葉にローズがたじろぎながら答える。
「王女様ってどんな感じの人なのかしら」
「そ、そうね。城を抜け出して街で遊び歩いている為体らしいわよ」
何となく尋ねるミラへと言いにくそうに彼女が話す。
「そ、そんな話よりパンを買いたいの。ここからここまで頂けるかしら」
「はい。分かりました。今お詰め致しますね」
ローズの言葉に彼女は返事をすると籠の中へと商品を詰める。
「それじゃあこれお金。またね!」
「あ、ローズ様……今日は何時になく忙しないわね。まぁ、いいけど」
慌てて店を後にするローズの後姿を見送りながら呟きを零した。
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