三章 高貴な少女のご来店
これはある日のパン屋さんでの出来事。
「ふふ。ここが噂のパン屋さんね。良い香り」
身なりの立派な少女が入って来るとパン屋の中をぐるりと見まわし微笑む。
「いらっしゃいませ。あら、貴女は初めて見る顔ね」
「えぇ。初めて来るからね」
近寄って接客をするミラの言葉に彼女は軽く答える。
「あら、やっぱりそうよね。そうだと思ったわ。こんな小さな街のパン屋なんかに貴族の人が来るなんてめったにないからね」
「ミラ! お客様に失礼なこと言わないの」
笑顔で話す彼女へとミランダが少し苛立たしげな顔で注意した。
「貴女が看板娘さんかしら。ふふっ。噂に聞いた通り元気で明るくていいわ。貴女となら普通にお話しできそう」
「そりぁあ、私はお貴族様だろうと例え王女様が来店しようとも、いつも通りに接客するだけよ」
少女の言葉にミラはあっけらかんとした口調で答える。
「それを聞いて安心したわ。早速どんなパンがあるのか見させてもらうわね」
「どうぞどうぞ」
嬉しそうに微笑む彼女へとミラは店の中へと誘導した。
「この変な形のもパンなの?」
「変だなんて失礼ね。これはねじりパンって言ってわざと編み込んでいるのよ」
棚に並べてあるパンを見て尋ねる少女へとミラは答える。
「ふーん。それじゃあこのパンの中に入っているクリームは何?」
「それはカカオを溶かして作っているチョコレートよ」
隣にあるチョココロネを見て尋ねる彼女へと再び説明した。
「それじゃあこの凄く硬いのもパンかしら。こんなの食べれるの?」
「食べれますよ。フランスパンって知らないの?」
少女の質問にムッとしながらもミラは答える。
「あら、これがフランスパン? へー。庶民はこれを食べているのね」
「貴女さっきからパンの事まったく分かっていないみたいな発言ばかりだけれど、一体どんな暮らしをしているのかしら。お貴族様ってそんなにパンを食べた事がないの?」
いよいよもって世間知らずすぎるお嬢様へと彼女は疑問に思い尋ねた。
「パンは毎日食べているわ。でもうちは一流のシェフが作ってくれる柔らかくて丸いパンしか食べた事がないから、パンにもこんなにいろいろな種類があったなんて初めて知ったのよ」
「まぁ。一流のシェフが作ってくれるだなんて流石お貴族様だわ。そんなお貴族様のお嬢様がうちのパンなんて口に合うかしら」
少女の言葉に目を丸めて驚きながら庶民の作るパンなんて口に合うはずないと思い話す。
「味気ないパンばかりだから。こう言う色んな種類のパンを食べてみたいと思ったのよ。これとこれと、これとそれからこれも。買っていくわ」
「まぁ、パンを買って行ってくれるなら、別に誰であろうとかまわないのだけれど。お口に合わなくても文句言わないで頂戴ね」
「味は食べてみないと分からないでしょ。それじゃあ。これ頂いて行くわね」
パンを選んだ少女へとミラは言う。彼女が会計を済ますとご機嫌に鼻歌を唄いながら店を出て行った。
「はぁ、お貴族様の気まぐれかしら」
「ミラ、失礼なこと言わないの!」
「ははっ。家のパンを気にいって貰えるといいね」
未だに少女が出て行った扉を見詰めながら話す彼女へとミランダが注意してマックスが微笑む。
それから一週間たったある日の事。再び少女がお店を訪ねて来た。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ。ってあら、貴女はこの前のお貴族様」
「お貴族様って言われるのは気に入らないわね。わたしのことはローズって呼んで頂戴」
お店へと入って来た少女の顔を見てミラは言う。それにローズと名乗った彼女がお願いだとばかりに微笑んだ。
「分かったわ。それでローズ様、今日は如何したのかしら」
「この前買ったパンとても美味しかったからまた買いに来たのよ。わたしが今まで食べたどのパンよりも世界一美味しいわ」
承諾して尋ねると彼女がそう言って褒め称える。
「そんな世界一だなんて大げさね」
「あら、本当の事よ。そう言う訳だから今日はまた別のパンを買ってみようと思ってね」
ミラは小さく苦笑するもローズが本当に美味しいと思っていると言わんばかりの顔で話す。
「そうね、ここからここまで全部貰っていくわ」
「え? ぜ、全部!?」
棚にあるパンを指さし話す彼女へとミラは驚いて固まる。
「そうよ。何しているの? 早くここまで頂戴な」
「わ、分りました」
流石に全てのパンを手に取ることが出来ず籠に詰めて貰おうとローズが言うと彼女は慌てて用意して棚から商品を取り出す。
「ふふ。今から食べるのが楽しみだわ。はいこれお金」
「あ、有難う御座いました……」
ご機嫌に鼻歌を唄いながら出て行く彼女の後姿を見送りながら貴族のやる事は分からないと思うミラであった。
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