8歳②
おさんぽしよう、と言って妹が腕を引っ張るので、私は立ち上がった。片手に本を抱え、もう片方の手で妹の手を握って光の下に進み出る。太陽は柔らかな温もりを与えてくれる隣の一つだけで十分なのに、何故空にあるもう一つは鬱陶しいくらいに眩しくて、容赦なく熱をまき散らすのだろう。
何か見せたいものでもあるのか、妹は私を引っ張るように前を歩く。時折振り返っては笑みを見せるので、その度に私も笑みを返した。庭園の中を右へ左へ、あっちへこっちへ。迷路の様な生垣で進むべき道が分からなくなったのか、妹はふと立ち止まっては小首を傾げた。少し考えるような素振りを見せてから、顔を上げて足を進める。魔法を使って目的の場所へ向かう為の目印をつけているようだが、どうもまだ上手く使えないのかあらぬ方向を指しているのもが幾つかある。後で一緒に直すとしよう。
「おにーさま、目をつぶってて」
歩き始めてから四、五分程経った頃、悪巧みを隠す様な笑みを浮かべながら妹が言った。だからか私にも少し悪戯心が芽生え、意地悪く訊いてみた。
「どうしてだ?」
「えっと……見ちゃいけないものなの」
「それならお前も見ちゃいけないんじゃないのか?」
「えっ? んと……おにーさまだけ、見ちゃいけないの。わたしはいいの」
「ふぅん。じゃあ、ワタシだけ見ちゃいけないものなら、ここにいても仕方がないな。ワタシは別の場所に」
「ダメ! おにーさまに見せるものなの! ……あ」
妹は慌てて口を塞いだ。最初は自分の失敗を恥じていたようだが、何かに気が付いたのかパッと顔を上げて私を見た。
「おにーさま、イジワルした!」
怒ったように頬を膨らませ抗議する妹。それがまた可愛らしくて私が笑うと、妹は「もう!」と言いながらぽこぽこと小さな拳で叩いてきた。
「悪かった悪かった」
「もう、おにーさまってば、わざとでしょ!」
「でも、最初に悪巧みしてたのはお前じゃないのか?」
「そ、それは……そうだけど……。でも、おにーさまもわるいの!」
「うっ!」
妹の最後の一発が狙いすましたように鳩尾に当たり、私は思わず蹲った。
(そう言えば、少し前に遊び半分で急所を教えたばかりだったな……)
妹は蹲っている私を心配する素振りすら見せない。ここまで怒るとは……。
「ご……ごめん、スティル。ワタシが悪かった……」
「……」
妹は少し涙を湛えた瞳を逸らし、頬を膨らませたまま口を開こうともしない。
「お前に意地悪して悪かった……。その……お前はワタシに見せたいものがあって、それを見せる時にワタシを驚かせたかったんだろう? そういう意図が分かってしまったから、つい、からかいたくなってしまったんだ……」
我ながら酷すぎる言い訳だ。こんな事をしてしまっては、妹にすら嫌われてしまうだろう。
対する妹は、顔を俯かせながら言った。
「おにーさまってば、いっつもそう。イジワルなことばっかり……」
「……ごめん」
思い当たる節が幾つかあって弁明できない。
「わたしより知ってることいっぱいあるし、わたしよりつよいし、わたしの考えてること何でも当てちゃうし」
「……そうだな」
それについては私の方が年上なのだから仕方がない気もする。
「わたしだって、たまにはおにーさまをビックリさせたいのに、イジワルするんだもん」
「……本当にすまない」
一応言っておくと、妹が来た時に真っ先に「ご本読んで」と言われたのはビックリした。まさか今日という日にそう来るとは思ってもいなかったのだ。
「でも……でもね」
「……?」
「おにーさまがわたしに“だいすき”って言ってくれたら、ゆるしてあげるの」
顔を赤くして、もじもじとしながら、一体いつどこで覚えてきたのか分からない台詞を言う妹。
(……可愛すぎる)
だから独り占めして、誰にも見せたくないと思ってしまうのだ。
私は本を置いて立ち上がり、服についた土を払ってから妹を抱き締めた。
「……お前の事なんか、大好きに決まってるだろう」
「えへへ……。わたしも~」
さっきまで泣いていたのが嘘のように、妹はにっこりと笑ってみせた。妹は私の事を強いと評したが、この笑顔に私は負けてばかりいる。
腕の中の妹はそのままもぞもぞと動いて背中を向け、私の両腕をぎゅっと握りしめた。頭だけを動かしてこちらを見上げる顔は、少しばかり不安そうにも、恥じらっているようにも見える。
「あのね……おにーさまに見せたいものがあるから、いっしょに来てほしいの」
「目を開けててもいいのか?」
「うん」
こくりと頷くと、妹は私の腕を掴んだまま歩き出した。私としては少々歩きづらいが、妹の小さな手を振りほどく事なくついていく。他者から見れば、酷く滑稽に映るだろう。
少しばかり歩くと妹は立ち止まり、再度こちらを向いて「おにーさまは少しここでまっててね」と言った。今度ばかりは素直に妹の指示に従い、私の腕の中から出てとてとてと近くの生垣の陰へ歩いていく妹の姿を静かに見送った。
何かの準備か仕上げか、生垣の陰で妹が魔法を使う。すると自信に満ちた顔をひょっこりと出した。
「おにーさま、こっちに来て!」
「ああ」
妹のいる場所へと歩み寄る。一歩、二歩、三歩。もう待ちきれない、という顔でぴょこんと跳ねる妹に微笑みを向ける。四歩、五歩、六歩。妹の傍まで来ると、妹は今日一番の笑顔を見せた。
「おにーさま、おたんじょうびおめでとう!」
太陽のような笑みを向ける妹の背後には、これまた太陽のような一輪の花――ヒマワリが咲いていた。その周りがやたらとでたらめに光り輝いているのは、妹が魔法を使ってそうさせたからだろう。
「あのね、このヒマワリね、わたしがそだてたの! おにーさまのおたんじょうびにあげようと思ってね、がんばったんだよ! だからね、これおにーさまにあげる!」
そう言って妹は飛びついてきた。これでは私が受け取ったのはヒマワリではなく妹自身ではないか? という疑問が浮かんだが、すぐに追い出して礼を述べた。
「ありがとう、スティル。大切にするよ」
夏生まれだなんて、似合っていない。太陽の下にいるのだって、似合っていない。だからヒマワリだって、自分には似合っていないと思っていた。しかし腕の中にいる妹が「ヒマワリはね、おにーさまのおめめの色とおんなじなんだよ」とヒマワリと同じ目の色で言うから、夏生まれも少しは良いものだなと感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます