第4話

「どうだい?、もうエンドかな?」


「うん。そうみたい」



赤く染まった壁の前で立ち尽くす青年の前に、痩身の男が飄々と現れた。



「いやー助かるね。会員になるために人は色んなものを差し出してくるけど、命を差し出す人がいないと私たち終わりですからね」


「それこそエンドだね」


「笑えませんよ?」



痩身の男は園花の死体を片付けながら笑顔で続けた。



「命を差し出しちゃう系のこの人たちは知らないんでしょう。人生こそ最大の娯楽だってことを!」


「気づけないんだよ。自分の人生だから」


「そうですねぇ、?」


「やめてよ、それはじゃない。あくまで今作の主人公の名前だよ」



青年は髪についた血を微笑みながら淡々と落としつつ言った。



「他人の人生だからこそ、見ていて楽しいんだよ。物語って、言わば他人の人生を俯瞰して見てるってことだと僕は思うんだ」


「私もッ…よいしょっと。ふー、あと片付けが大変なのが玉に瑕ですが、こうして無理やりにでも作り出さないとこの世にはもう物語すら生まれない。悲しい話ですよほんと」



痩身の男はソファに座ると、園花が冒頭まで読んだ本をつまんだ。



「前作…おっと失礼、第1回目の時ご自分の命を私に差し出した方は、この方とはまた随分と対象的なハッピーエンドでしたねぇ」


「でも、あれは正直疲れたよ。彼女はあることを理由に手放してしまった妹園花そのかを探し、年老いて死ぬ前にやっと彼女に会えるという長尺の物語を思い描いたからね」


「物語の中ではハッピーエンド。ですが、実際はかなりの皮肉です、ふふっ。だって、その妹も私に命を差し出したのですから。でもまあ姉の方が酷いですね、自分の命だけでなく妹を手放すという選択までしたんですから、あー悲劇悲劇、ふふっ」



青年は前作で園花そのかという女性となっていた。そう、思い描かれたからだ。



「思い描く力が強い人ほど長編になり…」


「それは違うんじゃないかな」


「おや?。ではあなたの見解は?」


「満足度だよ。長編になる人ほどすぐには満足しないんだ。さっきの子…園花はすぐに満足出来ちゃったんだよ。あんな短編でもね」


「それほど遊離のような存在を欲していたのでは?。知りませんが」


「まあなんだっていいよ。僕は本が書ければ」


「あなたが本を描き続けるために私に差し出したのは、あなたという人物への認識ですもんね。いやぁ執筆に対する大した執着で、惚れ惚れしちゃいますよ」


「それはどうも」



おかげで僕は、誰からも僕と認識されなくなったこの男以外には。

この会員制読書クラブの仕組みは恐ろしく、残酷だ。

まず誰かが命をかけてでも会員になる。次にその誰かが僕と会って何かしらを思い描く。で、思い描かれた通りに僕の個性が形成される。その誰かの命が終わる頃、それはノンフィクションの物語として形に残る。それに僕は少し手を加えて小説にする。その小説を読んで娯楽を得られる会員たち、そして命をかけた会員は自分の人生という至高の読書を体験する。

そしてその様子を滑稽だと言わんばかりに愉しんでいるのが、この男だ。



「理想や妄想を小説にするには、もうネタが尽きた。だって叶わない物語は全て書き尽くしたから」


「書いていないのはノンフィクション、他人の人生だけ。あなた、恐ろしいことをおっしゃる」


「まだ言ってないよ。それに、恐ろしいのは君の方だ」


「えぇ?」


「だって、最後の一人が命を君に差し出すまでこの会員制読書クラブを続けるつもりなんでしょ?」


「ええ、まあ」



男は終始笑っている。



「それなら必然と最後は僕ということになるよね」


「賢いは嫌いです。あなたの焦る顔が見たいのに」


「君の性格の悪さを知っていながら、僕は小説を描き続けることの方を選んだ。その結果なら、受け入れるよ。僕は僕の人生というノンフィクションをどう堪能させてもらえるのか気になるし」

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