第11話:仇

「……ツー・ヴァイスシルト卿か」


 ヤナは兜を被り、キュイラスを身に着けている。フルプレートではない軽装騎士といった装い。兜の覗き窓からは目がギラギラと輝いている。白と黒の討伐隊のタバードは着ておらず、松明の明かりによってキュイラスは銀色に輝いている。


「俺を殺したいか」


「騎士として、父兄の無念を晴らさねばなりませんわ」


ヤナはロングソードを抜きはらった。身の丈に合っていない剣、重量につられて体は不安定に揺れる。


「ラントシュタイヒャ―! 貴殿に決闘を申し込みます。あたくしは貴殿を討ち取ります」


彼女の決闘には名誉が懸かっていた。殺された家族の汚名を晴らす、名誉ある正当な戦い。これを受けない事は彼女を侮辱することになり、彼女もまた殴殺を不意打ちしたり、決闘を受け入れない状態で切りかかったりすれば不名誉となる。


 殴殺は頷くと剣を抜いた。「ツー・ヴァイスシルト卿の挑戦を受け入れよう」 

 

 二人は間合いを取りながらお互いの出方をうかがっていっる。この戦いは体格差でも装備に於いては殴殺が有利であった。身長も筋力も殴殺の方が格上であり、また、全身を甲冑で覆っているという事は軽い打撃や斬撃、刺突はほとんど効果がない事。

 対するヤナはロングソードを右手で保持し、左手をわざと空けている。通常であれば両手で握るか、短剣を空手に握る筈だ。殴殺はそこに何等かの仕掛けがあることを疑っていた。相手はただの騎士ではない、魔法と言う未知を扱うのだから。


 一撃目はヤナが仕掛けた。下段から首元を狙った突きを繰り出すが殴殺はまたもガントレットで弾くとヤナの体は大きくのけぞった。筋力がこの剣の重みを支配できていないのだ。殴殺が倒れたヤナに対し、切っ先を向けた。


(殺すべきか、生かすべきか……)


戦士として未熟な復讐者。盗賊の子供を殺したのは、彼を生かす必要が無かったからだ。盗賊と言う物は害虫だ。害虫の子供は駆除せねばならない。だが彼女はどうだ、自分を殺したいだけの貴族……。


 その一瞬の思考の瞬間、地面に転がっていたヤナは突然腕を振り上げる。ばしゃっと砂が舞い、殴殺は反射的に目を閉じ、左手で顔を庇った。


「隙あり!」


 ヤナは叫んで飛び上がり、空いている左手で殴殺の右手に触れた。その瞬間、じゅうっと言う焼ける音がしたかと思うと、殴殺の鋼の小手が火に包まれて燃え上がる。ヤナが引き下がるとすぐに火は消えたが、小手は燻り、肉の焼ける臭いがその場には漂っていた。


 殴殺は剣を地面に突き立てると右手のガントレットを外した。革製の手袋が焼けこげ、その下の手も火傷を負っていた。ガントレットは素手では触れられない程に熱くなっていた。


「手を蒸し焼きにされてもうめき声一つとあげないなんて……」


彼女にとって目の前の騎士は脅威的な怪物に写っていた。無から生み出された炎という非現実的な技を食らって利き手に火傷を負っても呻きや恐怖心を見せないという事から、彼が父兄らを嬲殺した事実以上に怪物に思わせた。


「なるほどそういう闘い方があるのか。剣の心得や甲冑武者との戦闘のオーソドックスなやり方を知っていて、その上目潰しのような緊急回避、短剣の代わりに焼く魔法を使うというのか」――目潰しも魔法も卑怯な技かもしれないが、殴殺の考えでは、外面だけの騎士道ではなく、より実戦的な騎士道に於いてそれらをなんだって使って相手を下すべきであり、ヤナの行動は賞賛に値した。


 殴殺は出来事を冷静に分析し、右手を握ったり開いたりして見るが、動かすたびに痛みが走り、剣を握る事は困難だと判断して左手で握った。その様子がなおの事怪物に見えた。


「お見事だ。貴殿を見くびっていた。どうやら貴殿は立派に戦士であったようだ」


「お、お褒めの言葉、幸栄ですわ、ラントシュタイヒャ―」


弱みを見せるまいと、自分はまだ戦うという姿勢を見せつけなければならないという感情からヤナは力強く声をあげると再び剣を構えて突進した。次は両手で剣を持ち、大上段に構え、叩き落す。金属音と共に兜の流線形によって刃が滑り、殴殺の肩の装甲をわずかにへこませ、自身の腕にもビリビリと衝撃が走った。


 殴殺はすぐには反撃しなかった。ヤナの実力を今一度図っていた。ヤナは次々に技を繰り出す。体をねじる遠心力で、側頭部をぶん殴る。そのまま刃を握って首元を突いたが、キュイラスを滑り、その瞬間殴殺は刃を脇に挟んで受け止めた。


 鎖帷子を甲冑の下に着ている為、押しても引いても刃が殴殺を切り裂くことはない。もし仮に動かすことができても、という話だが。殴殺は脇をしめ、そのせいで数ミリだって動きやしなかった。


「覚悟なら、できていますわ……お兄さま、あたくしに、力を……」


ヤナの両手が力んだのを感じた次の瞬間、剣が燃え上がった。柄から始まった炎は導火線のように進み刀身を焼き始める。殴殺はヤナに渾身の頭突きをお見舞いする。鐘の鳴るような音がすると共に彼女は再びよろめき、炎の勢いが弱まる。殴殺は隙を見逃さず、彼女の剣を遠くへ投げ捨て、自分の剣を突き付けた。


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盗賊狩りのラントシュタイヒャー~無法者に裁きを、己が身に快楽を、財布に代価を。 鯔追 藤香 @Strashno-Vse

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